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メモリーズオフ〜それから〜飛田扉考察

前置き

基本原則

メモリーズオフが矛盾だらけとか言って批判する人がいます。 確かに、解消不能な矛盾はいくつか存在します。 しかし、指摘される矛盾の多くは、プレイヤーの観察力と読解力がないから矛盾に見えてるだけでしょう。 メモリーズオフは、登場人物等の言動や設定が複雑に絡み合ったシナリオです。 シナリオライターは随所に伏線等の読み解くためのヒントを埋め込んでいますが、それを見逃してしまうと本来のシナリオが読み解けず、その結果、矛盾だらけに見えるのも当然でしょう。

繰り返せば、解消不能な矛盾は確かに存在します。 シナリオを完璧に読み解いたうえで、本当の矛盾を指摘するなら大したものです。 しかし、自分の読み間違いを矛盾だと批判するのでは、荒唐無稽な戯言に過ぎません。 それは、物理の素人が相対性理論は間違いだと言うのと何ら変わりません。 練りに練られた高度なシナリオが理解できない自分を棚に上げて、シナリオライターをアホ扱いする自分の愚かさを嘆くべきでしょう。

尚、考察の基本は次のとおりです。

  • 公式設定と見なす優先順位は次の通り
    1. 本体商品
    2. 同社製関連商品
    3. 他社製関連商品
  • 想像より具体的描写を優先する
  • 登場人物の勘違い、嘘、照れ隠し等は当然のごとく存在する
  • 否定しようがない決定的根拠があれば、多分、正しい
  • 解消できない致命的矛盾があれば、多分、間違っている

関連商品の資料価値が如何ほどあるかについてはメモリーズオフ〜それから〜飛田扉悪人説の矛盾にまとめてあります。 具体的描写や論理的間違いを指摘する「反論」は歓迎します。

解釈問題

メモリーズオフとは?に書いてあるとおり、未知の価値観から学ぶことこそがメモリーズオフであり、先入観に囚われずに客観的に理解に努めようとすることが大事でしょう。 もし、この話がリアルな世界の出来事で自分が主人公だったら、頭に血が上って本質を見逃してしまうかも知れません。 鷺沢一蹴のように飛田扉に対して寛容にはなれないかも知れません。 しかし、フィクションだからこそ、冷静に物事を見つめることができるわけです。

作品の質を高めるための不満や要望は、より楽しい話を作ってもらうためのフィードバックとして、楽しむ目的に一致します。 だから、登場人物の言動や設定が物語の質を貶めているという不満や要望には意味があるでしょう。

しかし、作り話の登場人物を実在の人物のように見立てて、その人格等に不平不満を膨らませても、自分が不愉快になるだけです。 仮に、ある登場人物が、勧善懲悪物語に出てくるような典型的な悪人だったとしても、架空の人物に対して本気で怒ってどうするのでしょうか。 楽しむためにゲームをしているはずなのに、不愉快になるために一所懸命頑張って、何の意味があるのでしょうか。 その人物が如何に悪人なのか、考えれば考えるほど不愉快になるだけです。 「怒りを溜め込むことが俺の楽しみだ」と言うなら止めはしませんが、そうでない人ならもっと建設的なことをした方がマシです。

一方で、主要人物は可能な限り好意的に解釈することは物語を楽しむための基本でしょう。 一見悪人風の人物を擁護する材料を探すことは非常に楽しい行為です。 それは、単に心が温かくなるだけでなく、物語の隠れた深みを見つけることであり、一粒で二度美味しい行為です。 また、最初は悪人風に見せておいて、後から隠れ善人のような情報を提示しておいて、最後にはやっぱり真の悪人だったという二重のドンデン返しも面白いでしょう。 そうした、自分の予想を超える出来の非常に良く練られたシナリオだったとしたら、ろくに味わいもせずに、単純明快な解釈を決め付けてしまうのはもったいない。

事件を、シナリオ展開の観点から見てみましょう。

  1. 陵いのりが飛田扉を好きになったのかと思ったら違っていた
  2. 陵いのりが飛田扉に脅されているかと思ったら・・・

常に予想を裏切る展開の面白さを考えれば、真相を知る前の予想「陵いのりが飛田扉に脅されている」が大当たりでは、ドンデン返しも何もないつまらないシナリオですね。 メモリーズオフが単純明快なシナリオではないことか、あるいは、3rdの飛田扉の書かれ方を知っていれば、飛田扉=悪人と単純解釈できないことに容易に気付くはずです。 言い替えると、飛田扉悪人説を唱える人は、メモリーズオフの面白さを理解できていないのでしょう。 飛田扉悪人説では、単純明快過ぎて、考察しても勧善懲悪論にしかなりません。 一方で、飛田扉善人説とすると、そこに複雑な駆け引きや葛藤が存在することになり、それぞれの描写の裏に何があるのか読み解く過程も楽しくなります。

濡れ衣

飛田扉断罪派は、やってもいない復讐を飛田扉がやったことにしています。 つまり、飛田扉断罪派は、完全な濡れ衣で飛田扉を非難しているのです。 しかし、本編からは明らかに次のような事実が読み取れます。

  • 飛田扉が一貫して求めていることは、鷺沢一蹴が忘れていた真実を知ることだけ
  • 鷺沢一蹴がリナを死なせたことを飛田扉が咎めたことは一度もない
  • 陵いのりが鷺沢一蹴と別れたのは自らの意思による選択であって、飛田扉から強要されたからではない

復讐?

飛田扉断罪派は、鷺沢一蹴がリナを死なせたことを飛田扉が咎めているが、飛田扉にその資格はないと主張します。 しかし、鷺沢一蹴がリナを死なせたことを飛田扉が咎める台詞は劇中に一つもありません。 鷺沢一蹴がリナを死を忘れたことを飛田扉が咎める台詞は複数ありますが、鷺沢一蹴にリナの死の責任を問うシーンは全くありません。 飛田扉が問題視していることは、鷺沢一蹴がリナの死を忘れて正面から向き合っていないことであって、リナを死なせたことではありません。

尚、飛田扉は、自ら起こした事故で力丸真紅郎の親を死なせていますが、自分が起こした事故のことを忘れていません。 そして、その責任とも向き合って生きています。 そのことは、遺族である力丸真紅郎に一目置かれていることからも明らかです*1

飛田扉断罪派は、飛田扉による復讐がけしからんと主張します。 しかし、飛田扉が復讐を実行した描写は皆無であり、かつ、復讐説は本編の描写と完全に矛盾します。 いのり編には次のような描写があります。

いのりはオレに背を向けると、おぼつかない足取りで遠ざかっていく。
オレは・・・。
引き止めなかった。
遠ざかるいのりの背中を、見たくもなかった。
リナに対する罪悪感と、いのりに対する不信感で、心の中はグチャグチャで。
なにもかもが、イヤになっていた。
扉「ちっ!
つまらなそうに、扉が舌打ちした。

陵いのりの関係を完全に壊され、最も信頼していた人物へ不信感を募らせ、孤独と不幸のどん底に突き落とされたのだから、これが鷺沢一蹴への復讐であるならば、ほぼ完全に達成されていると言えます。 では、目的をほぼ完全に達成したなら、どうして、飛田扉は舌打ちなどするのでしょうか。 100%満足でないにしろ、ほぼ完全思い通りに事が運んで嬉しくない人など居ません。 概ね満足したなら舌打ちなどしません。 概ね不満だからこそ舌打ちするのです。 だとすれば、この描写は、飛田扉にとっての主要な目的が全く達成されなかった証拠と考えるべきでしょう。 つまり、このような形の破局は、結果論としてそうなっただけであって、飛田扉が狙ってそうしたわけではないのです。

この描写について、飛田扉悪人説を成り立たせるために、捻った解釈を試みる人もいますが、辻褄を合わせるのは困難なようです。 それより、何より、飛田扉悪人説では、この描写に込めたライターの意図が説明できません。 これまでの印象と真逆の描写を敢えて挿入しているのだから、この描写に何らかのライターの意図が隠されているのは明らかです。 しかし、飛田扉悪人説では、全く無意味な描写になったり、安っぽい浪花節になったりで、このシーンの印象を変えてまで真逆の描写を加えなければならない合理的理由が説明できません。 つまり、飛田扉悪人説では、無意味な描写で重要なシーンに水を差すような三流演出でしか説明できないのです。 三流作品では、何も読み解くべき物がないので、考察するだけ無意味です。

別れの原因

飛田扉断罪派は、鷺沢一蹴と陵いのりを別れさせる権利は飛田扉にないと主張します。 しかし、陵いのりが鷺沢一蹴と別れたことは、陵いのり自身の意思による選択であることは明らかです。

飛田扉断罪派の主張の唯一の根拠は、某小説の飛田扉の台詞です。

「それをお披露目するパーティの開催の期日はいつにしようかってことだよ」

某小説における飛田扉は、秘密の隠蔽と引き換えに陵いのりに別れを強要したこととなっています。 そして、別れた後は、飛田扉が約束を反故にして、鷺沢一蹴に真実を話そうとしたことになっています。 しかし、約束を反故にすれば交換条件が無に帰すので、その時点で陵いのりは鷺沢一蹴とヨリを戻すことが可能になります。 つまり、鷺沢一蹴と陵いのりを別れさせたままにするためには、約束を反故にすることは不可能です。 別れても別れなくても、どのみち、飛田扉が鷺沢一蹴に真実を話すならば、別れ続ける理由はありません。 飛田扉の魔の手から鷺沢一蹴を救いたいと思うなら、ヨリを戻して鷺沢一蹴の守りに徹するのが最善です。 部屋に泊まり込んで鷺沢一蹴を常時マークし、飛田扉が鷺沢一蹴に近づこうとする機会を徹底的に妨害すれば良いのです。 このように、自小説内の設定の考証すら満足に出来ていない稚拙な作品では、参考資料としての信憑性はゼロです。 また、この小説は、ゲーム本編の描写と致命的に矛盾します。

選択肢「いのりに近付くな」
扉「そういうことかよ」
扉の表情が厳しくなった。その視線は、いのりに注がれている。
扉「どこまでも汚い女だな」


選択肢「どういうことだよ」
扉「話してないのか?」
いのり「・・・」
扉「ふざけやがって・・・!」

これらの描写からは既に陵いのりが鷺沢一蹴に真実を話したと飛田扉が認識し、そう認識するよう陵いのりが飛田扉を欺いたことがわかります。 そうでなければ、陵いのりが黙り込んだり、飛田扉が怒り出す理由が説明できません。 つまり、ゲーム本編における飛田扉は、一貫して、鷺沢一蹴に真実を伝えようとしており、某小説の描写とは真逆です。 また、小説とゲームでは真実を話す人物にも食い違いがあります。 これらゲーム本編設定では、別れろという要求に対して、陵いのりが合意できる交換条件が満たされません。 陵いのりにとって何があっても譲歩できない条件は鷺沢一蹴に対して真実を伏せることです。 一貫して鷺沢一蹴に真実を伝える姿勢を崩さないのであれば、陵いのりを納得させる交換条件が成立しません。 交換条件が成立しないのでは、陵いのりにとって、飛田扉との取引に応じる余地は全くありません。

交換条件による取引でなければ、力づくで脅したのでしょうか。 しかし、陵いのりは、暴力に対しても屈しない強い姿勢を見せています

扉「上等だ。それならオレが教えてやるよ」
一蹴「な、なんだよ・・・」
扉「おまえは−」
いのり「やめて」
いのりの顔つきが・・・変わった。
いのり「もし話したら・・・」


いのり「もし話したら・・・わたしは、あなたになにをするか、分からない・・・!」

縁編と雅編にも次のような描写があります。

いのり「これ以上・・・やるなら・・・!」
いのり「わたしは・・・!」
いのり「わたしはっ・・・!」

以上のとおり、飛田扉には、別れを強要しようにもそれを実現する手段がないのです。 取引する交換条件もなく、相手は暴力に屈しない、そんな状況で、一体、どうやって別れを強要できるのでしょうか。

いのり「やめて!」


いのり「言った・・・はずですよね。一蹴には近付かないでって」
扉「オレも言ったはずだぜ?一蹴には近付くなと」


選択肢「いのりに近付くな」
扉「そういうことかよ」
扉の表情が厳しくなった。その視線は、いのりに注がれている。
扉「どこまでも汚い女だな」


選択肢「どういうことだよ」
扉「話してないのか?」
いのり「・・・」
扉「ふざけやがって・・・!」

これらの描写からは、鷺沢一蹴に真実を話すことを陵いのりが承諾したこと、そして、陵いのりが約束を反古にし、飛田扉を欺いたことが読み取れます。 ゲーム本編の描写と辻褄が合う真相の一例としては次のようなものが考えられます。

  1. 当初、飛田扉は自分で鷺沢一蹴に真実を話そうとした。
  2. 陵いのりは、自分が話すからと嘘をついて飛田扉の行動を阻止した。
  3. 陵いのりは、鷺沢一蹴に真実を話さずに、別れ話を切り出した。
  4. 陵いのりは、鷺沢一蹴に真実を話したと飛田扉に報告した。
  5. 陵いのりは、飛田扉に対して、お互いに鷺沢一蹴に近づかない不可侵条約を提唱した。

不可侵条約は、双方にとって、それぞれの目論見があります。 飛田扉から見れば、真実を知っても未だリナの死と向き合わない鷺沢一蹴に対して、リナの死と向き合うよう仕向けることができます。 陵いのりから見れば、嘘がばれる危険性が亡くなり、事実上、飛田扉の口を封じることができます。 尚、実際には鷺沢一蹴は真実を知らないのだから、飛田扉の目論見は完全な空振りです。

強要の証拠?

飛田扉断罪派は、次のような台詞が別れを強要した証拠だと主張します。

  • 「オレも言ったはずだぜ?一蹴には近付くなと」
  • 「孤独に、ひとり苦しむ続けるべき」
  • 「おまえに救いの手を差し伸べるヤツがいちゃダメ」

これについては、飛田扉の認識の変化があるのだから、それに合わせた場合分けをして考える必要があります。

  1. 鷺沢一蹴と陵いのりと別れる前
  2. 別れてから教会で三者(鷺沢一蹴、陵いのり、飛田扉)が会合するまで
  3. 教会での会合以降

それぞれ、第一段階、第二段階、第三段階と呼ぶことにします。 飛田扉が別れを強要したとするならば、それは第一段階の出来事です。 よって、別れを強要した直接的な証拠となるのは第一段階の台詞だけです。 しかし、飛田扉断罪派が指摘する台詞は、いずれも第二段階以降のものです。

一蹴「どういう意味だよ?」
扉「どういう意味、だぁ?」
扉「分かってるはずだろ?おまえは忘れすぎたんだよ。だから、ずっとひとりで−」


選択肢「いのりに近付くな」
扉「そういうことかよ」
扉の表情が厳しくなった。その視線は、いのりに注がれている。
扉「どこまでも汚い女だな」


選択肢「どういうことだよ」
扉「話してないのか?」
いのり「・・・」
扉「ふざけやがって・・・!」

これらの描写は、第二段階において、鷺沢一蹴が真実を既に知っていると飛田扉が認識していたことを示しています。 しかし、鷺沢一蹴にはリナの死と向き合っているような素振りは全くありません。 リナの死と向き合っているなら、陵いのりのケツを追っかけるような気にもならないでしょうし、飛田扉に食って掛かるのも変です。 何より、共通の知人である飛田扉に対してリナのことを相談しないこともあり得ません。 以上の事実を見れば、鷺沢一蹴が現実逃避していると飛田扉が認識したと推測できます。

扉「おまえ、まだその女に未練があるのか?まだ誰かにすがろうとしてるのか?」
扉「だとしたら、気に入らねえな」


扉「それに、まだそいつは甘えてるみたいだからよ」
扉が、オレの方へとあごをしゃくった。
扉「甘やかされて育ったガキは、ダメな大人になっちまうんだぜ?」

これらの描写は、陵いのりに甘えているせいで鷺沢一蹴が現実逃避をしていると飛田扉が認識していることを示しています。 それならば、当然、真実と向き合わせるためには、鷺沢一蹴を陵いのりから孤立させることが必要という認識にも至るでしょう。 だから、既に鷺沢一蹴と陵いのりが別れたことを利用し、お互いに鷺沢一蹴に近づかない不可侵条約に合意したのです。 つまり、第二段階において、飛田扉は、二人を積極的に別れさせたのではなく、既に別れた既成事実を利用したにすぎないのです。

第三段階では、鷺沢一蹴にまだ真実を知らせていない事実を飛田扉は知っています。 だから、鷺沢一蹴が現実逃避しているわけではないことも知っています。 しかし、第三段階においても可能性は認識しているのだから、第二段階と同様に現実逃避を懸念しても全然おかしくありません。

以上のとおり、これら第二段階以降の描写は、第二段階以降の飛田扉の新たな認識を裏付ける証拠にはなります。 しかし、第一段階で、飛田扉が二人を別れさせようとした証拠にはなりません。

扉「けどな、それ以上に許せなかったのは・・・」
扉は鋭い視線をオレに向ける。
扉「この女のおかげで、おまえが平然と生きていられるってことだ」
扉「おまえは、罪を償うべきなんだ」
扉「孤独に、ひとり苦しむ続けるべきなんだよ・・・!」
扉「おまえに救いの手を差し伸べるヤツがいちゃダメなんだ」

これは第三段階の描写で、「罪」がリナを忘れていることであることは本編で明言されています。 一方で、「罪を償う」の具体的内容については言及がありません。 また、「ひとり苦しむ続けるべき」「おまえに救いの手を差し伸べるヤツがいちゃダメ」の期限も明言されていません。 「平然生きていられる」ことを許せないと言っていますが、平然としない(リナの死と向き合う)で生きることが許せないとまでは言っていません。 「罪を償う」がリナの死と向き合うことを意味し、そのために「ひとり苦しむ続ける」ことが必要なのだと解釈すれば、リナの死と向き合えた後も「ひとり苦しむ続けるべき」とは言ってないことになります。 つまり、第二段階以降に限定した話で、かつ、鷺沢一蹴がリナの死と向き合うまでの一時的措置としての、鷺沢一蹴と陵いのりを引き離す必要性の言及にすぎません。 永久に別れるべきとは言っていませんし、第一段階で飛田扉が二人を別れさせた証拠ともなりません。

鷺沢一蹴の認識

では、次の描写はどうでしょうか。

だから、扉はいのりを脅した。
いのりを、オレに近づけさせないように脅した。
そしてきっと、オレに対して、忘れている事実を話そうとしたんだろう。

これは、これは、単なる一登場人物の台詞に過ぎません。 登場人物の認識が正しいとは限らないし、認識が正しかったとしても、本当のことをありのままに言うとも限りません。 事実関係、動機等を総合的に考えないと、その台詞の意味する所は分かりません。 背景事情を無視して台詞の内容を真に受けるのは、ただの早とちりです。 作者がこの台詞に込めた意味をよく考えるべきでしょう。

この時点で、鷺沢一蹴は、まだ真実を完全には受け入れていないわけで、物事の辻褄を合わせるために、想像で足りない部分を補っています。 そうすると、当然のことながら、完全に正しい認識に至ることはあり得ないわけで、一部に勘違いを含むのは当然のことです。 そして、シナリオライターはそのことを重々承知しているわけであり、意図的に鷺沢一蹴に勘違いを含む認識をさせているわけです。

その証拠に、鷺沢一蹴は、たった今起きたこと=陵いのりの居る目の前で飛田扉が「忘れている事実」を話したことさえ忘れています 。陵いのりの居る前で「忘れている事実」をアッサリと話している以上、「忘れている事実」を話すために陵いのりを遠ざける必要は全くありません。 この点を見ても、鷺沢一蹴の認識は真実とは一致しません。 では、何故、シナリオライターは鷺沢一蹴にこのような勘違いをさせたのでしょうか。 それは、この時点では、鷺沢一蹴が飛田扉の陵いのりに対する思い遣り*2を知らないからです。 それを知らないことには、飛田扉の一連の行動に説明がつきません。 このように、鷺沢一蹴は、説明のつかない事実関係を納得するために強引なこじつけを行ってるわけであり、そうしたこじつけから生じた認識を鵜呑みにすることは出来ません。

百歩譲って、この描写が飛田扉悪人説の証拠と認めましょう。 そして、そのための必要条件を考えると、登場人物は嘘もつかないし勘違いもしないという前提が必須になります。 でなければ、先の描写では証拠不十分です。

いのり「最初から好きじゃなかったの・・・」

登場人物は嘘もつかないし勘違いもしないという前提なら、この陵いのりの台詞も嘘や勘違いでない真実となるはずです。 すると、この描写は、陵いのりが鷺沢一蹴のことを好きではない証拠となります。 そうすると、別れたのは、陵いのりに恋愛感情がなかったからであって、飛田扉のせいではないですね。 飛田扉がどんな大悪人だったとしても、好きでもない二人を別れさせただけならば、大したことはしてないわけですね。

以上の通り、登場人物に嘘や勘違いがないとする前提に無理があることは、誰の目にも明らかでしょう。 言い替えると登場人物が嘘をついたり勘違いすることがあることを前提としないと、4thの各種描写とも辻褄が合わなくなります。 よって*3、「台詞や思考の内容がそのまま真実を表している」とする証拠はなく、台詞や思考の内容を鵜呑みにできないことは明らかです。

軟着陸点

飛田扉断罪派は、鷺沢一蹴に真実を知らせればいい、別れさせる必要はなかったと言います。 しかし、これまでの描写を見る限り、飛田扉は正にそうしようとしたのです。 それを陵いのりが身を呈して阻止したのです。 鷺沢一蹴に真実を知らせないがために、別れるというウルトラCを実行したのは、全て、陵いのり自身の判断です。 ただし、そうなることが、飛田扉には予見不可能だったとは断言できません。 しかし、鷺沢一蹴と陵いのりが別れたことは、飛田扉の真の狙いではなく、結果論に過ぎないのです。

ゲーム本編と小説の矛盾点

某小説で飛田扉は陵いのりに次のような台詞を言ったとされます。

「オレは罰を下す漆黒の天使だ」
「それをお披露目するパーティの開催の期日はいつにしようかってことだよ」
「そうして生きながらにして腐るがいい。お前の世界を全部壊してやるよ」

しかし、こんな自分に酔ってるような台詞は3rdのトビーなら絶対に言わないでしょう。 3rdのトビーはストレートにかつ簡潔に物を言います。 長々とくどい説明などしません。 それで理解してくれなければ諦めるだけです。 無意味に着飾った台詞はトビーが一番嫌いな台詞のはずです。 4thでもゲーム中にトビーはそうした台詞を言ってないはずです。 一つ一つの台詞が物凄く短いはずです。

その他、この小説とシリーズ本編との設定の矛盾点が多いことを指摘する人(4月26日の記述)もいます。 メモリーズオフシリーズのライターでもある日暮茶坊氏は書籍を書くための主たる資料はゲームだと明言していますし、メモリーズオフの書籍で故意にゲームと違う設定にしたこともあると明かしています。 商売の世界には数々の大人の事情があります。 だから、しっかりと本編との摺り合わせが出来ていない関連商品が発売されることも、あり得ます。 ファンにとっては、ゲーム本編こそがメモリーズオフなのであって、関連商品とゲーム本編が矛盾する場合は、ゲーム本編の描写が優先されるのは言うまでもないことでしょう。

そうでなくても、この書籍はゲーム本編の描写と矛盾します。 というか、その小説の内容は自己矛盾しているようです。 何故なら、既に述べたように、別れさせるための交換条件が成立しないからです。

悪意的解釈

飛田扉悪人説を前提とすると、次の3点が大きな謎です。

  • 本気の嫌がらせなら何故最後には許すのか?
  • 本気でないなら久しぶりに会う奴をわざわざ探して嫌がらせをするか?*4
  • 嫌がらせ目的で墓参りを勧めるだろうか?

とくに、縁編と雅編であっさり引き下がった理由が謎です。 これは、飛田扉悪人説では説明できません。

飛田扉の性格

3rdと4thで飛田扉は人が変わったと言う人が居ます。 確かに、変わった部分はあるでしょう。 しかし、それは3rdの主人公=加賀正午の影響を受けて良い方向にです*5。 そして、以下の飛田扉のポリシーは何も変わっていません。

  • 人は自分の行動に責任を持つべきだと思う
  • 嘘や誤摩化しは嫌い
  • 同情も嫌い

飛田扉は、悪い商売に手を染めているようですが、それは自分の責任だと自覚し、捕まったり死んだりする覚悟をしています。 一方で、責任をかぶらずに済むように逃げの行動に走る加賀正午に対しては、不満をもっているわけです。

加賀正午と飛田扉の最初の出会いは、実は、飛田扉の人格描写として非常に重要な意味を持っています。 飛田扉に「ムカついたか」と聞かれ、加賀正午は誤摩化してしまいました。 そのせいで、飛田扉は、加賀正午の態度に不満を持つようになります。 あそこで「ムカついた」と言い返せば、殴り合いになったかもしれません。 しかし、そうしていれば、飛田扉は加賀正午に一目を置いたでしょう。

そして、加賀正午が、おべんちゃら*6ではなく本音で物を言うようになったり、 飛田扉の足の怪我に同情せずに本気で張り合ったりするようになると、一目を置くようになるわけです。

こうした飛田扉のポリシーに照らし合わせると、4thの飛田扉の行動は何ら矛盾する所はありません。

情報源

飛田扉は、どうやって、陵いのりと鷺沢一蹴の交際を知ったのでしょうか。 飛田扉に二人の交際のことを伝えることが出来るのは、飛田扉とも面識があり、かつ、二人の交際と飛田扉と鷺沢一蹴が知り合いであることを知っている人間に限られます。 鷺沢一蹴は飛田扉と会うのは少年の頃以来です。 花祭果凛は陵いのりと面識がありません。 鷺沢縁、野乃原葉夜は飛田扉と接触した形跡がありません。 藤原雅、木瀬歩は完全な部外者です。 前作の設定から見て、稲穂信が飛田扉と長話をしたとは考えにくく、互いに、鷺沢一蹴が共通の知り合いであることを知り得ないと思われます。 黒須カナタも同様の理由から、飛田扉に鷺沢一蹴のことを話したとは考えられません。 とすると、残るのは陵いのり本人だけです。

普通に考えると、二人が付き合っているのを知っていて暫く泳がせたとは考えられません。 つまり、飛田扉は別れ話の直前に二人の交際を知ったと考えられます。 このとき、飛田扉は陵いのりがリナの振りをしてそのまま鷺沢一蹴の彼女に収まったと思ったのではないでしょうか*7。 これは、飛田扉=悪人説を唱える人にとっても異論はないはずです。 何故なら、リナとは全く無関係に2人が恋仲になったならば、真相を話しても恋人の地位を奪うことは不可能だからです。 陵いのりがリナの振りをしていると思っているからこそ、真相を話すことで恋人の地位を奪えると認識できるのです。

誤解

陵いのりが嘘をついた理由について、飛田扉は縁編で次のように言っています。

扉「言ったろ?この女は、ウソをついてたんだよ」
扉「おまえのためにな」

雅編は、「言ったろ?」の部分がないだけで同じ内容です。 一方で、いのり編では次のように言っています。

扉「その女は」
扉「リナになりすまして、おまえに近付いた」
扉「リナとは、なんの関係もない女だ」

以上の台詞から見て、縁編&雅編といのり編では、陵いのりが嘘をついた動機について飛田扉の認識に明らかな違いが見られます。 ということは、どちらか、あるいは、双方の認識が誤解であるということです。 シナリオ全体から考えて、縁編と雅編の認識が正しく、いのり編の認識が誤解であると考えるのが自然な考察でしょう。

鷺沢一蹴は、飛田扉の前では、陵いのり=つばさちゃんという認識を一言も口にはしていません。 リナになりすました云々の台詞は、リナの名前を出した後、鷺沢一蹴が陵いのりに「君は・・・誰だ」と聞いた直後に出ています。 鷺沢一蹴が陵いのり=つばさちゃんと認識していたことに飛田扉が驚いている様子は全くありません。 また、その他の複数の台詞からも、この時の鷺沢一蹴の言動で飛田扉の認識が変わっていないことが分かります。

つまり、縁編と雅編では誤解が解けているのに、いのり編では解けていない・・・ということが明らかです。 これは、おそらく、いのり編では、陵いのりと鷺沢一蹴の接触機会が増えたために、陵いのりと飛田扉の交渉機会が減ったためと思われます。

リスク

真実を話すことにはリスクがあります。 でも、それは飛田扉の責任なのでしょうか。 確かに飛田扉が余計なことをしたとも言えるでしょうが、根本的な責任は陵いのりと鷺沢一蹴自身にあるはずです。 3rdの飛田扉像からは、彼が、人生につきものであるリスクを受け入れるのは当然だと考えていることがうかがえます。

思わせぶりな伏線

縁編と雅編には次のような描写があります。

いのり「これ以上・・・やるなら・・・!」
いのり「わたしは・・・!」
いのり「わたしはっ・・・!」
扉「おまえは、それでいいのかよ
いのり「・・・」
扉「ケッ。くだらねえ」
あっさりと。
扉は引き下がった。
オレといのりに見向きもせず去っていく。
その背中が。
なんだか、寂しそうに見えたのは。
きっと、気のせいなんだろう。

この段階では別れ話の真相は不明なままです。 そして、それを見越して意図的に「寂しそうに見えた」*8という思わせぶりな描写を入れていることが明らかです。 それなのに、この描写が何の意味もないなら、シナリオライターはアホでしょう。 言い替えると、シナリオライターがアホでないなら、この描写は大きな意味を持っているということです。

「おまえは、それでいいのかよ」という台詞からは、飛田扉が陵いのりを気遣う様子がうかがえます。 なぜなら、飛田扉が身勝手な復讐を達成しようとしているなら、そのような質問をするはずがないからです。 何故、飛田扉は、「おまえは、それでいいのかよ」と聞いたのでしょうか。 それは、飛田扉が陵いのりを気遣っているからに他なりません。 陵いのりは鷺沢一蹴のおかげで生きていられる感謝の気持ちを伝えたいわけで、真実を隠し続ける限り、そのことは伝えられないままです。 飛田扉もそのことを知っているから、「おまえは、それでいいのかよ」と聞いたわけです。 でも、それでも、陵いのりに拒絶されたから、その意志に反してまで強引には言えなかったのでしょう。 このように意思を尊重するということは、飛田扉にとっては、陵いのりもリナと同じくらい大事な人ではないかと思われます。 口には出さないけれど、飛田扉にとっては、リナも陵いのりも鷺沢一蹴も大事な仲間なのでしょう。 それなのに、そのうちの一人が別の一人を忘れているわけで、そして、そのことでまた別の一人も苦しみ続けなければならないという状況を根本的に解消するには、鷺沢一蹴に真実を伝えるしかないわけです。

陵いのりに対する思い遣り

扉「上等だ。それならオレが教えてやるよ」
一蹴「な、なんだよ・・・」
扉「おまえは−」
いのり「やめて」
いのりの顔つきが・・・変わった。
いのり「もし話したら・・・」


いのり「もし話したら・・・わたしは、あなたになにをするか、分からない・・・!」

この後、飛田扉は一旦引き下がります。 それは、何故でしょうか。 この他にも、真実を話す機会はいくらでもあったのに、何故か、飛田扉は強行を断念しています。 それは、何故でしょうか。 飛田扉が陵いのりを恐れる理由は何処にもありません。 それとも、何か、陵いのりを恐れなければならない理由があるのでしょうか。 実は、陵いのりは、ああ見えて一子相伝の暗殺拳の使い手とか。 「あたたたたたたたたっ、お前は既に死んでいる!?」そんな裏設定があったら、陵いのりの前で迂闊なことはできませんね。 いや、それなら、飛田扉を脅して口封じできますね。

何も恐れる理由がないなら、強行しなかった理由は陵いのりに対する遠慮しかないでしょう。 では、何故、陵いのりに遠慮しなければならなかったのでしょうか。 それは、陵いのりのことも大切な仲間だと思ってるからに他なりません。

では、何故、最後には強行したのでしょうか。 それは後がなかったからです。 陵いのりは鷺沢一蹴の罪まで背負って生きようとしています。 その陵いのりを鷺沢一蹴の罪から開放するには、鷺沢一蹴が真実を知ったことを陵いのりが知る必要があります。 しかし、陵いのりは、連絡先も知らせずに、鷺沢一蹴の前から姿を消そうとしています。 そうなった後で鷺沢一蹴が真実を知ったとしても、そのことを陵いのりが知ることはありません。 つまり、陵いのりを開放するチャンスは今しかないわけです。 だから、飛田扉は、意を決して、強行したわけです。

扉「こいつは、すべてを忘れて平然としているのに。おまえは、ひとりで苦しみ続けるのを選ぶのか」
扉「でも、それじゃ意味ねえんだよ」

一体、何が意味がないのでしょうか。 その一つは、鷺沢一蹴がリナの死と向き合わないことであることは明らかです。 そして、陵いのりが鷺沢一蹴の罪を被って苦しむことも含まれているでしょう。 それは、敢えて二つを併記することに、そうした意図があるように思われるからです。 そうした意図が無いのであれば「おまえは、ひとりで苦しみ続けるのを選ぶのか」は言う必要がないはずです。 作者がこの台詞を入れた意図が何かを考えれば、そうした意図が透けて見えます。

陵いのりが消えようとした理由

陵いのりが鷺沢一蹴の前から姿を消して幕引きしようって話は、何か、変じゃないですか?

嫌われることだけを気にするなら、姿を消すのは現実逃避のためと考えられます。 しかし、陵いのりにとって、鷺沢一蹴は単なる恋人ではなく、人生の恩人です。 姿を消してしまっては、その恩人を守るという大義名分はどうなるのでしょうか。 自分が居なくなっても、真実を話されれば、鷺沢一蹴が傷つくことに変わりありません。 むしろ、その場に居なければ阻止できない分だけ不利です。 それなのに、何故、陵いのりは、姿を眩まそうとしたのでしょうか。 鷺沢一蹴が傷つくことなど、どうでも良かったのでしょうか。 陵いのりの感謝の気持ちは、その程度だったのでしょうか。

もしかすると、陵いのりには、自分が消えれば真実を話さないだろうという確信があったのかも知れません。 鷺沢一蹴との交際が発覚する前は、飛田扉とも、比較的良好な関係が築けていたのではないでしょうか。 陵いのりは飛田扉の優しさを知っていて、そこにつけ込んだのかもしれません。 もし、そうだとすると、飛田扉が怒るのも当然でしょう。

飛田扉の目的

飛田扉の真の目的とは、鷺沢一蹴にリナの死と向き合わせることです。

いのりはオレに背を向けると、おぼつかない足取りで遠ざかっていく。
オレは・・・。
引き止めなかった。
遠ざかるいのりの背中を、見たくもなかった。
リナに対する罪悪感と、いのりに対する不信感で、心の中はグチャグチャで。
なにもかもが、イヤになっていた。
扉「ちっ!
つまらなそうに、扉が舌打ちした。

鷺沢一蹴と同じ体験をし、完全に記憶が戻り、リナの死が自分の責任であると受け止めたなら、陵いのりに感謝することはあっても、文句はないはずです。 確かに、陵いのりは鷺沢一蹴に自分がつばさちゃんだと嘘をつきました。 しかし、それは、鷺沢一蹴を救うためであって悪意のある嘘ではありません。 その嘘も、元はと言えば、鷺沢一蹴の勘違いが原因であり、つばさちゃんかと聞かれた陵いのりは違うとは答えられません。 何故なら、違うと答えれば、再び、鷺沢一蹴を失意のどん底に突き落とすことになるからです。 陵いのりには、そうだと答える以外の選択肢はなかったのです。 それなのに、どうして、鷺沢一蹴は陵いのりを責めたのでしょうか。 それは、真のつばさちゃん=リナを失った喪失感のせいでしょう。 つまり、鷺沢一蹴は、陵いのりのついた嘘そのものを責めているのではなく、その嘘をもって陵いのりにリナの死の責任を押し付けているのです。 リナと同室だった少女=陵いのりのことを思い出せず、かつ、リナの死とも正面から向き合えていないから、責任の押しつけが出来るわけです。

以上のとおり、鷺沢一蹴がリナの死に向き合えていないことは丸分かりです。 だからこそ、飛田扉は舌打ちをして見せたわけです。

では、何故、鷺沢一蹴がリナの死に向き合きあう必要があったのでしょうか。 それは、そうしなければ救われない人が少なからず居るからです。

  • 死んだリナ自身(仲良しの友達に忘れられてしまっている)
  • リナの母親
  • 陵いのり(鷺沢一蹴に伝えたい感謝の気持ちを伝えることができない)

最初の一つは、飛田扉が忘れられることの寂しさに固執していることからも疑う余地はないでしょう。 二番目も、飛田扉が墓参りを勧めた狙いがそこにあると思われます。 三番目も、これまでに挙げた数々の描写から見て、間違いないと考えられます。

陵いのりが真実を伝えなかったのは鷺沢一蹴のためという口実ですが、自分が嘘をついていたことも知られたくないわけです。 陵いのりは嘘をつかなくても良くなりました。 そして、鷺沢一蹴のことを好きになった本当の理由も言えるようになりました。 真実を告げることが陵いのりのためにもなるわけです。

最後

扉「罪を犯したヤツ同士、お似合いかもな・・・」

この台詞からは、飛田扉の許す意思表示がハッキリと読みとれます。 許す気がないならこのようなことは口には出さず、黙って立ち去るでしょう。 敢えてこの台詞を言ったことからは、自分の意思を明確に表現するという目的が読みとれます。 では、何故、飛田扉は許すとハッキリ明言しなかったのでしょうか。 許さないとはハッキリ明言したのに、許すと言わないのは何故でしょうか。 ひとつは、飛田扉が素直ではないからです。 そして、飛田扉は自分に許す権限がないとも認識しているからでしょう。 真に許すことが出来るのは遺族だけです。 赤の他人にとって、遺族に成り代わって許さないことまでは許されても、勝手に許すことは許されてない、そう考えているのではないでしょうか。 だから、自分としてはこれ以上責める気はないという形で表現したのではないかと思います。

いのり編では、目的を果たせたから「罪を犯したヤツ同士、お似合いかもな」と言って立ち去ったのです。 縁編と雅編では、目的を果たせなかったから、飛田扉の「背中が。なんだか、寂しそうに見えた」のでしょう。 それは、決して、鷺沢一蹴の「気のせい」ではないのです。 「ケッ。くだらねえ」とは飛田扉の正直な気持ちをごまかした言葉です。 とても、飛田扉らしいですね。 主人公の早とちりと飛田扉の捻くれぶりによって、あたかも、飛田扉が悪人であるかのように見えますが、数々の描写は、それが誤解であることを示しています。

やり過ぎ?

飛田扉の行動はやり過ぎでしょうか。 そう思う人は、葉夜編で鷺沢一蹴がとった行動を思い出してください。

父親の死を受け入れるかどうかは、野乃原葉夜個人の問題です。 現実逃避した方が幸せなのか、現実を受け入れた方が幸せなのかは誰にも予測できません。 個人の問題で誰にも迷惑を掛けていないなら、他人がとやかく言うことではないのです。 母親は困っているようだけど、そうだとしても、せいぜい、家庭内の問題であり、責任を持てない他人が手出しして良いことではありません。 それなのに、鷺沢一蹴は、野乃原葉夜の父親の遺品を勝手に燃やしました。 しかも、その後は、逃げ出してアフターフォローもなしです。

一方で、鷺沢一蹴がリナを忘れている件は、リナの母親等も含む多くの人に損害を生じさせており、個人の問題では済まなくなっています。 また、飛田扉は、リナの墓を教え、その後も頻繁に様子を見に来るなど、アフターフォローを欠かしていません。 動機の正当性、責任ある行動、どちらの点で見ても、飛田扉の行動の方が勝っています。

結果論で丸く収まったことで鷺沢一蹴の行動が許されるなら、結果論においても丸く収まった飛田扉の行動も許されて良いはずです。 また、結果論で責任を論じるのが間違いと言うなら、同じく、鷺沢一蹴と陵いのりが別れた結果論に飛田扉の責任を問うのも間違いになるはずです。 正当性に乏しくかつ無責任な行動で結果的に上手くいっただけの鷺沢一蹴の行動と、一定の正当性がありかつそれなりにフォローして結果も上手くいった飛田扉の行動を比べて、どちらが酷い行動でしょうか。

比較項目\評価対象鷺沢一蹴の行動飛田扉の行動
正当性乏しい(他人の家庭内問題への越権行為)一定程度あり(善意の第三者の救済の必要性)
アフターフォローなしあり
結果良し良し

「鷺沢一蹴の行動に非があるからと言って、相対論で飛田扉の行動が正当化されるのはおかしい」と言うなら、それはその通りです。 しかし、そうだとしても、4thでの一番の悪人は鷺沢一蹴ということは覆せません。 だから、飛田扉=極悪人説は、鷺沢一蹴=超極悪人説を前提としなければ成り立ちません。 もし、鷺沢一蹴=善人説を称えるなら、飛田扉も善人でないと辻褄が合いません。

種を明かせば、ここでは飛田扉の絶対的な善悪を論じているのだから、鷺沢一蹴と比較した相対論を持ち出すのは、筋違いです。 しかし、敢えて筋違いの話を持ち出したのには理由があります。 それは、飛田扉を悪人として責め立てる人には、主人公を擁護する人が多いからです。 それは、自分=主人公には甘く、自分に害を為す者には厳しいのだから、客観的な評価が出来ていないということです。 つまり、自己都合だけで物を考えていて、他人の立場で物を考えることが出来てないわけです。 だから、敢えて、「人(飛田扉)のことをとやかく言うくせに、お前(鷺沢一蹴)のやってることは何なんだ?」と指摘することで、客観的評価が出来ていないことに気づかせようとしているのです。 自分=主人公に害を為すから飛田扉の行動が許せないと言う人は、一度、飛田扉に感情移入する立場から物事を考えてみれば良い。 飛田扉の気持ちを少しでも汲み取る努力をしてみれば良い。 立場が変われば価値基準も全く変わることが分かるでしょうか。 それが分かれば、主人公の立場に立った価値基準が極めて主観的で偏っていることが分かるでしょう。 そうした、主観的価値基準を排し、自分も他人も同じ客観的基準で評価して、それでも飛田扉が悪人だと言えるのでしょうか。

百歩譲っても

百歩譲って、飛田扉善人説が憶測に過ぎないとしましょう。 しかし、それならば、飛田扉悪人説も根拠のない憶測に過ぎません。 飛田扉が陵いのりに別れを強要した等の描写は本編中に一切ありません。 直接的な描写だけでなく、事実関係を匂わせるような間接的な描写も一切ありません。 それだけでなく、飛田扉悪人説は、本編の描写とも致命的に矛盾する荒唐無稽な内容です。

確かに、読者は、飛田扉の行動を全て把握できません。 だから、飛田扉考察には、当然、不確定要素があります。 しかし、そのことをもって飛田扉善人説を否定するならば、当然、同様に飛田扉悪人説も否定されなければおかしい。 一定の根拠をもって飛田扉を擁護することが憶測だと言うなら、根拠もなしに思い込みだけで飛田扉を極悪人と決めつけて批判するのは一体何なのでしょうか。 いや、可能性の枠の範囲内での憶測ならまだマシな方です。 可能性の枠を飛び越えて本編の描写と致命的に矛盾する“憶測”を行なっておいて、可能性の枠内でかつ一定の裏付けのある“憶測”を批判するのはちゃんちゃらおかしい。

*1 具体的にどのように向き合ったかは不明だが、飛田扉は自分の主義に基づくルールに従っており、そのルールに背くことに対しては堂々と文句を言える立場である。

*2 後述します

*3 というか、よるまでもないが

*4 軽い気持ちの嫌がらせなら楽な方を選ぶのが自然

*5 おかげで、バイクに乗れるまでに回復しました(笑)

*6 荷嶋深歩の言ってる内容が分かってないのに褒めたりする

*7 後で述べる縁編&雅編といのり編の描写の違いはその辺にありそうです

*8 リナの母親も陵いのりも鷺沢一蹴も、そして自分も救えなかった