思い出にかわる君〜メモリーズオフ〜飛田扉考察
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??「ああ。生きていたなんて! 3年前から行方不明だったんだ」
ショーゴ「えぇ!?」
3年前!
??「こんなに醜く、ガリガリに痩せて……さぞかしひもじい思いをしたんだ」
犬「ハッ、ハッ、ハッ……」
そんなにガリガリには、見えないけど……どうやら、感動的なシーンということらしい。
??「可哀相に。腹が減ってるんだな」
犬「クィーン、ふーん、キュンキュン」
思わず、ハンバーガーを一つ差し出していた。
犬は2秒もかけずにぺろりと平らげた。
さらにもう一つ、くれてやる。それも、あっという間に犬の口の中に消えた。
犬「ハッ、ハッ、ハッ……」
しゃんがんで犬の様子を見ていた飼い主がこっちを見上げた。
ショーゴ「……?!」
面食らう。
てっきり、どうもとか、すいませんとか、そーゆー一言があるものかと思ったが、ニヤッと笑っただけだ。
そして、こっちを見たまま、犬の頭に手を伸ばし撫でてる。
わからない。
この男、なんだか変だ。
アブナイやつ? かも。
歳は2つ3つ、上かな。
黒いというより、暗いって感じの服装。そのせいだけじゃない。何だか全体的に、そのまわりの空気までもがくすんで見える男だ。
??「おい、トビー! ヒトの犬で勝手に遊ぶな!」
犬「ワン!」
見ると別の人間が近づいて来た。見覚えがある!
口笛野郎だ!!
それに気づくと、犬は嬉しそうに、走り寄って行った。
どうもあっちの方が本当の飼い主っぽいな。
口笛野郎「トモヤ、おまえ、何食ったんだ?」
口笛野郎はちょっと心配そうに犬の口を覗き込んだ。
??「ポテトとハンバーガー」
うざそうに立ち上がりながら、くすんだ男が答えた。
オレがくれてやったんだぞ?
ていうか、ポテトの時点から、こっちの様子を見てたわけか。
口笛野郎「どうも、ごちそうさま」
口笛野郎の方がこっちに向かってニコッと笑う。
口笛野郎「ごちそうさま」
呆然としていると、もう一度くり返してきた。
犬「ワン! ワン! ワン!」
ショーゴ「ど、どういたしまして」
??「ププッ、ギャハハハ! こいつ、バカだ!」
なーーにーーぃ!!
くすんだ男の方がめちゃくちゃウケてる。
??「あー、おもしろかった。じゃあな」
捨てゼリフを残してさっさと行こうとする。 行かせるか!
こんなコケにされて、ジョーダンじゃない。
口笛野郎「まあまあ。アイツにはあまり、つっかからない方がいいぞ」
口笛野郎「アイツはトビー。このへんじゃ有名な犯罪ぎりぎりの……ていうか、犯罪者だから。……この間も会ったよな?」
随分とお茶目な悪戯である。 「そんなにガリガリには、見えない」犬に対して「こんなに醜く、ガリガリに痩せて」「ひもじい思いをした」では見え見えの三文芝居である。 餌を恵んでくれと頼んだわけでもない。 相手に多大な損害を与えたわけでもなく、餌を与えたのも加賀正午の自由意志である。
どう見ても加賀正午がハンバーガーをくれてやった動機は犬のためではない。 見え見えの三文芝居なのだから、本当に餌を恵む必要があるかどうかの判断をしたわけではないのだ。 単に自分が悪人のようになる空気が耐えられなかっただけである。 本当に相手のことを考えての行動なら「飼い主」の判断を仰ぐべきであろう。 「飼い主」の了承もなしに勝手に犬に餌を与えるようでは、自己保身以外の何物でもない。 自己保身のために見え見えの嘘を真に受けて勝手に自爆したのだから「こいつ、バカだ!」と言われるのも当然であろう。
トビーは、怪しい露店をやってる。が、それとは別にもっとヤバそうな物を扱う大魔堂という店と何やら取引をしてるという噂。実体はわからない。
ここで言う「ヤバそう」とは、他の描写を踏まえて判断すると、法に触れるという意味である。 とはいえ、法に触れることをしているから、極悪人と考えるのは気が早い。 後で分かることだが、飛田扉は孤児である。 そして、引き取り手がいるようには見えない。 育ててくれる親が居ないのでは義務教育止まりかも知れない。 「孤独」を「気取った言い方」と捉えるあたり、あまり教育レベルは高そうにない。 手に職を身につける機会にも恵まれなかったのだとすると、まともな商売につくのは難しい。 飛田扉が、生きて行くために仕方なく「ヤバそう」なことに手を染めたのだとすると、誰もそれを責めることはできまい。 もちろん、その「ヤバそう」なことが法に触れるならば、その行動は悪である。 しかし、だからと言って、飛田扉という人間が悪だとまでは言えない。
ショーゴ「おい、待て! その、トビーっていうヒト!」
シン「あーあ。しーらない。俺は一応、止めたからね?」
トビー「……」
呼び止めると、そのトビーとやらは無表情で、こっちをじっと見た。
そのまま目を逸らさずに、ポケットを探り、タバコをくわえ、火を点けた。その堂々とした態度に、こっちは、ちょっと気後れしてしまう。
ショーゴ「その……さっきのあれは、イタズラにしては、ちょっと度が過ぎるんじゃぁ、ないですかぁ?」
トビー「ふーーん」
ショーゴ「……」
トビー「で?」
ショーゴ「で?」
トビー「むかついた?」
そう、ムカァッときた。けど。
ショーゴ「い、いや……そのお……」
トビー「むかついたんだろっ?」
シンに言われたとおり、黙っときゃよかったかな?
シンとかいうヒトは助けてくれないのかな。ちらっと見ると、彼はもうこっちには無関心なようで、遠く離れて犬と走り回っていた。
−−え?!
どこからか飛んできたカラスがトビーとかいうヤツの肩に留まった。
ショーゴ「……」
げげげぇ。カラス!? マジ?
トビー「あ? どうなんだよ?」
トビーの足下で、ザッと砂利の擦れる音がした。
ヤバイ。いろんな意味で、ヤバイ。
ショーゴ「……」
どうする?
トビー「ハンッ」
ショーゴ「わっ」
あぶねー!
突然、トビーの吸っていたタバコがこっちの靴すれすれの所に投げつけられた。
??「飛田センパイ!!」
??「だめっス!!」
ちょっとちびの小僧が出てきて、こっちに軽く頭を下げた。
??「人に向かって投げるなんて。当たったら、どうすんスか!」
人の良さそうな、まろやか〜な顔立ち。
影みたいなトビーとは正反対でちゃらっとした服装だ。
たぶん、ティアーズ・ミントの服だ。この辺りのこの手の、道ばたにたむろする奴らはみんなそう。
トビー「当てるかよ。こんな近距離でミスるわけねえ」
??「それに、『吸い殻は、吸い殻入れに』っス」
小僧はトビーの吸い殻をなんの躊躇もなく拾い上げて笑う。
??「シンセンパイが探してましたよ、ワンコ返せって」
それに答えるようにトビーはシンのいる方を顎でしゃくった。
??「ああ。もう、会ってたんスか。ささ、ケンカはだめっスよ」
トビー「うぜーよ。マグローはいちいち」
面倒くさそうに応じてる口元がほんのちょっとほころんだ。
マグロー「ああ、オレ、新しいチャリンコ買ったんスよ? 見てくださいよー。あっ、そだ、それに、新しいミステリー・サークルのデザインもできたみたいスよ……」
トビーをぐいぐい引っ張って小僧は去って行った。
あー、よかった。
シン「いやぁっ、マグローが来てラッキーだったねえ。でも、ショーゴって、ちょっとフットワーク良すぎない? フツー、ケンカ売るのに相手とか見るもんでしょ?」
加賀正午の軽率さ、切れ易さ、情けなさが良く分かるエピソードある。 事前に稲穂信から「このへんじゃ有名な犯罪ぎりぎりの……ていうか、犯罪者だから」と忠告を受けている。 それでも向かって行くのならば、当然、殺し合いになるくらいの覚悟を持って臨むべきだろう。 相手が反抗的態度を見せた途端に弱腰になるくらいなら、初めから余計なことをしなければ良い。 「ケンカ売るのに相手とか見るもんでしょ?」は正に稲穂信の言う通りである。 稲穂信の加勢を期待するのも甘すぎる。 一人で出来ない喧嘩を売ることも甘いが、相手の意思を確認せずに自分に加勢してくれると期待するのも甘すぎる。 そもそも、稲穂信が加勢するとしたら飛田扉の方かも知れない…とどうして考えないのだろうか。 言動から判断して、稲穂信は加賀正午より飛田扉との付き合いの方が長そうなのだから。 結局、初対面の力丸真紅郎が間を取り持ってくれたから喧嘩にならずに済んだ。 そのことについて、加賀正午は力丸真紅郎に感謝すべきである。
??「どうしても食べさせてあげたい人がいるんです。お願いします」
テンチョー「強情だねえ。さっきも言ったとおり、ここの菓子はこの店で食べてね。その人を連れて来てよ」
??「ここは狭すぎる……」
テンチョー「そりゃあ、うちは立派な店じゃないけどね」
??「あ、いえ、ごめんなさい、そういうことじゃなくて……。妹は車椅子なんです。テーブルの間が狭くて通れないし、入り口も高くなってるから……」
テンチョー「な〜んだ、そんな問題? テイクアウトなんかより、オレにはずっとその方が易しいね」
テンチョー「そこのスペースのテーブルを一つ除けてもいい。入り口には、板か何かで簡単なスロープを付けようか?」
シン「テンチョー、ナイス!」
テンチョーの機転に全員の顔がぱっと明るくなった。
??「あ! いえ、でも、あの……トイレが……あのトイレには車椅子で入れない……ですよね」
テンチョー「うーん。トイレか。トイレは難題だな。どうもできない」
あーあ、そうか。みんなもがっかりだ。
ん〜〜〜……あれっ? 待てよ。
そうだよ。
ショーゴ「あ! オレ、いいこと思いついちゃった」
スロープ設置は、荷嶋音緒の要望に基づいてテンチョーが提案し荷嶋音緒が了承した。 ここでは、その事実だけ確認しておく。
ショーゴ「たまちゃん…………そのぅ……トビーとどういう関係っていうか、どうして知り合ったの?」
迷子ちゃんって噂は本当なんだろうか?
環「自由行動の日に、一人でこの街まで来たんだよ……それで、ひださんのお店を見てたの……」
トビー「修学旅行生だろ?」
環「……どして……わかったの?」
トビー「制服がすっげえ、かっこいいから」
環「……へへ」
トビー「なんで他のヤツと一緒じゃねえの?」
環「…………だって…………。……仲間はずれだから」
トビー「なに、シカト? イジメとか、そーいうやつ?」
環「…………んん……んんん……」
トビー「フッ……どっちなんだよ」
環「…………みんな、しゃべってくれないんだ」
トビー「無視されてるわけか」
環「…………んん」
トビー「それで、逃げ出したんだ?」
環「…………んん…………みんな、どしてかな?」
トビー「なんか、気にいらねえんだろ?」
環「…………みんな、八方美人って言うんだ」
トビー「ふーーん」
環「…………なんで悪者になっちゃったのかな? 悪いことなんにもしてないよ?」
トビー「そりゃ気の毒にな」
環「…………もう、みんなのとこ、もどんのやだな」
トビー「じゃ、戻らなきゃいいじゃんか」
環「…………それで、戻るのをやめたんだ」
この話を聞く限り、百瀬環は、自分の意思で家出したのである。 飛田扉は、虐められて悩んでいる百瀬環に対して、「じゃ、戻らなきゃいいじゃんか」とアドバイスをしただけで、家出をしろと強要したわけではない。
環「……あのね」
ショーゴ「ん?」
環「……これが、『マルタ島の人魚の涙』……こっちは、『タヒチの伝説の果実の種』……それとぉ、『トカゲの尻尾入りの琥珀』……」
たまちゃんは、並んでいる商品を解説し始めた。トビーから、そう言うように教わったのだろう。
そういえば、こんなふうに露店に並んだモノをあれこれ物色しながら、カナタとやり合ったことがあった。
カナタがその内の石ころを一つ欲しいと言い出して、結局、買ってやったんだ。
あれ、まだ持ってるのかな。
環「……そいで、これが『願いを叶えるペンダント』」
ショーゴ「へえ、そうなんだー」
いや、全部違うよ。デタラメだ。
特に『願いを叶えるペンダント』って『呪いの首飾り』だ。
つい、何日か前まで、そうだったはず。
どう見ても、百瀬環は、露店営業の役に立っていない。
見ると、まさしくその問題のトビーが入って来るところだった。
入り口のスロープをにらみつけて、不満そうな顔だ。
ショーゴ「おー、トビー。たまちゃんが待ってたぞ?」
トビー「よけいなことをしやがって。深歩が来たいって言ったのかよ? 深歩がそうしてくれって頼んだのか?」
ショーゴ「いや、音緒ちゃん、彼女のねえさんが……」
やっぱり、深歩ちゃんと知り合いなんだな。
トビー「おまえらってとんだお節介野郎だな?」
ショーゴ「……人の親切にケチをつけるのか?」
トビー「へっ、おごるなよ」
トビー「おまえは誠意だとか善意だとか好意だとかな? それがあれば、必ず相手に受け入れられて当然、認められてあたりまえのものだと思ってやがる!」
トビー「思い上がるな!」
トビー「少なくともオレは絶対に認めねえな」
ショーゴ「…………」
トビー「むかつく?」
ショーゴ「い、いや、人にはそれぞれ違った考えがあるのは当然だし……それはそれで尊重するべきだと思うよ」
言ってしまってから、歯の浮いたセリフだと自分でもちょっと気恥ずかしい。
トビー「『尊重』? ケッ! 思うんじゃなくて、そう聞かされただけだろ? ……おまえはオレのこと、腹ん中では軽蔑してるだろ」
ショーゴ「そんなこと……」
トビー「気に入らねえ、気に入らねえと思ってたけどよお、ほんっとおまえってむかつく野郎だぜ」
ショーゴ「誤解だ、軽蔑なんて……」
トビー「そのことじゃねえ! オレが気に入らねえのは、おまえの、その、自己欺瞞だ!」
ショーゴ「…………」
トビー「…………ケッ」
ショーゴ「…………」
トビー「マグロー」
マグロー「はいっ!?」
トビー「飯、食わせとけ」
トビーは、ちょっと頭を動かして表の方を促した。
店の入り口にたまちゃんが心配そうに立っていた。
マグロー「あっ、たまちゃん、おいでおいで」
こっちに来ようとするたまちゃんと入れ違いにトビーは黙って出て行った。
身体障害者について少し聞きかじった知識があれば分かるだろうが、飛田扉の言葉は一点だけ除いて完全な正論である。 飛田扉がスロープの設置に激怒したことは、身体障害者の目線での配慮が足りないことへの抗議である。 身体障害者のために特別なことをした場合、当の身体障害者は次のようなことを感じてしまう。
- 健常者と同じことができないことを改めて見せつけられる悔しさ(荷嶋深歩、飛田扉が感じていること)
- 邪魔者扱いされ嫌われるのではないかと思う怖さ(荷嶋深歩が感じていること)
- 余計な手を煩わせる申し訳なさ
- 注目される恥ずかしさ
身体障害者に対する過度の親切は身体障害者を余計に傷つけてしまう恐れがある。 本人から求められて親切にするのは問題がないが、本人の意思が明確でない場合は慎重に行動する必要がある。 だからこそ、飛田扉は「深歩がそうしてくれって頼んだのか?」と言っているのである。 ただし、飛田扉は、姉の了承を得てスロープを設置した事実を知らない。 そのことを確認せずに怒り出したことは、この件における飛田扉の唯一の落ち度であろう。
一方、加賀正午は「それぞれ違った考え」を「尊重するべき」と言いながら、少しも尊重していない。 本気で尊重しているなら「人の親切にケチをつけるのか?」と食って掛かる前に、相手の意図を掴もうと努力するだろう。 加賀正午は、その後も全く相手の意図を掴もうとはせず、そのせいで荷嶋深歩を傷つけている(深歩ルート限定)。 大事なことを教えてもらっているにも関わらず、「腹ん中では軽蔑してる」からこそ、相手の意図を掴もうとはしないのだ。 加賀正午は、後先を考えず軽率に反発したのである。 しかし、相手が反抗的態度を見せたので弱腰になり、言い訳として「尊重」を口にした。 そして、口先だけの「尊重」を指摘されたら、言い訳に言い訳を重ねているのである。 これは飛田扉の言う通り「自己欺瞞」であろう。
飛田扉は、百瀬環にご飯を食べさせている。 常識で考えて、「飯、食わせとけ」と言っておいて自分で金を払わないことはあるまい。
1時間っていったら、バイトでもすりゃ、あれの2つ分は軽く稼げる。
時給千円とすると「あれ」は1個500円以下である。 仕入れが何円かは定かではないが、百瀬環の食事が外食中心であるならば、少なくとも1食あたり1〜2個は売らないと赤字になる。
環「……んん。そうだよ。新商品、入荷したんだよ」
ショーゴ「そうなんだ」
そう言われてみれば、新たな品が増えてるように見える。
環「『マダガスカル島の粘土で作った飾りのお面』『蟠桃園の実を食べた金糸猴の毛で編んだポーチ』」
環「『ルワンダ一点物の祭のための手製のショール』」
たまちゃんは新しい学習の成果を披露した。
トビーのデタラメにも拍車がかかってきたな。
ショーゴ「あ? そうなの? ……最近、トビー見てないけど、お店の方、ずっとたまちゃんが、独りきりでやってるの?」
環「……んんん……ひださんだって時々やるよ」
ショーゴ「あ、そう?」
本当かなあ?
もともとトビーは、あの商売を真面目にやってる訳じゃない。店番を理由にやっかい払いをしてるような気もする。
飛田扉が「真面目にやってる訳じゃない」露店では、もともと大した稼ぎはないのだろう。 露店の開業場所は、人通りのそれほど多くない郊外の住宅街の路地である。 飛田扉の露店で扱っている商品は、怪しげな物ばかりであるので、優秀なセールストークが欠かせない。 百瀬環の会話速度では、怪しげな商品を売るためのセールストークは不可能である。 飛田扉のやる気、露店周囲の賑わい、百瀬環の営業能力、いずれをとっても、露店の売上は芳しいようには見えない。 百瀬環の食費を考えれば、赤字の疑いが強い。 これでは「やっかい払い」どころか、飛田扉は無理をして百瀬環を養っていることになる。
百瀬環の食費を稼ぐためと考えても、警察に目を付けられてまで、百瀬環を露店で働かせる必要性は乏しい。 家出娘と承知で働かせていたことがバレてしまうと、雇用者である飛田扉の責任が問われることになってしまう。 それでも、百瀬環を働かせたのは、百瀬環の自立を促すためだろう。 飛田扉のやっていることは「人に授けるに魚を以ってするは、人に授けるに漁を以ってするに如かず」である。 百瀬環に直接食料を与えるのではなく、食費を稼ぐ方法を教えているのである。 といっても、百瀬環が露店営業の役に立っていないのだから、実際には形だけに過ぎない。 しかし、形だけであっても、百瀬環を働かせることには意味がある。 働かなくても誰かが面倒を見てくれる状況に慣れさせては、自立から遠ざかってしまう。 百瀬環の自立を促すならば、形だけでも働かせることが必要なのだ。
マグロー「ね、ショーゴセンパイ、たまちゃんの服、オレが見立てたんスよ、『ティアーズ・ミント』。かわいいショ〜?」
かわいいことはかわいいかな。
でも、あれか。
マグローの趣味の押しつけってことか。
ショーゴ「あ。そう」
環「ひださんとまぐろさんと買いに行ったんだよ」
「たまちゃんの服」の代金は誰が支払ったのだろうか。
ショーゴ「あのさあ! たまちゃんのこと、どうする気なんだよ!?」
トビー「何が言いたいわけ?」
ショーゴ「ほったらかしてさあ! 責任、感じないのか!? 今だって、面倒なことになりかけたんだぞ!?」
トビー「ふーーん」
ショーゴ「……」
トビー「で?」
ショーゴ「……たまちゃん、すごい信じてるんだよ、おまえのこと……ほら、あの……」
オレが自分の胸を指して、暗に避けると、
トビー「『呪いの首飾り』、バカみたいにぶら下げてるだろ?」
代わりにトビーの方が、その正式名称を決定した。
トビーの歪んだ顔が一瞬見えて、すぐに沈んだ。
右手に鈍い手応え。
−−しまった! 殴っちゃったよ。
そんなに強く当たった感じはなかった。反射的に避けようとするからコケたな?
トビー「……そうか」
地面に両手の平と尻をついたまま、トビーは、いったん、顔を伏せた。
トビー「おもしれーな」
こちらを睨み直した顔には、すぐに立ち直ったトビーの敵意と不敵な笑いが浮かんでる。
ショーゴ「……」
……マズイ。マズイよなあ、こういうのは。
どうする!?
環「………ひださん!? …………。……しょうごさん!?」
環「どしたの!? どしたのっ!?」
駆け寄って来たたまちゃんがオレらの間に入り、立ち上がろうとするトビーの体に手をかけて気遣う。
トビー「ケンカだよ」
抜け抜けと言う!
環「………。…………ケンカは、ダメだよ」
たまちゃんの真っ直ぐな目がこっちを見上げてる。
ショーゴ「…………悪かった……じゃあな」
逃げるような気分で二人から離れた。
もちろん、トビーに謝ったわけじゃない。
たまちゃんのために言っただけ。
赤字覚悟で食事等の世話をしているのに、これ以上、何の面倒を見ろと言うのだろうか。 そもそも、家出は百瀬環の自由意志であり、飛田扉には何の責任もない。 加賀正午は、身銭を削って親切を行なう人に「親切が足りない」と文句を言っているのである。 そこまで文句を言いながら、加賀正午は百瀬環に対して何を提供したのか。 何もしていない者が、した者に対して「親切が足りない」と文句を言うのは筋違いである。
「そんなに強く当たった感じはなかった」のに飛田扉が倒れたのは「反射的に避けようとするからコケた」のではない。 常識と独創編で判明することだが、飛田扉は義足である。 義足だから不意に殴られた時に踏ん張りが利かないのである。
例によって、加賀正午は、自分から食って掛かっておいて、相手が反抗的態度を見せた途端に弱腰になる。
常識と独創編
??「道ぐらい覚えろよ?」
??「……んっんんっ」
??「次からは、一人で勝手にここまで来いよ?」
??「……んっんんっ」
テンチョー「おー、トビーいらっしゃい。たまちゃんもよく来たね」
本当に飛田扉は百瀬環の面倒を良く見ている。
コイツ、とことん素直じゃねえな。
本当は、輪の中に交じりたいんじゃないのか?
ショーゴ「なんでそうなんだよ。それって寂しくない? シンも言ってたぜ? おまえの扉は、未来永劫開かれないって」
シン「わちゃ! また、よけいなことを」
トビー「ふーーん」
ショーゴ「……」
トビー「おまえ、いつか他人を尊重するとかいう言葉を使ったよな?」
ショーゴ「え……?」
トビー「オレがそれを教えてやるよっ!!」
あ。
マグロー「ひ、飛田センパイッ!!」
−−−−−−−−ぅぅぅぅぅぅ……
殴られたのか?
音緒「テンチョーッ、ケンカ! ケンカ止めて」
うーーーーーーーー………………
殴られたんだ。
マグロー「ショーゴセンパイ、大丈夫スか!」
オレはひっくり返ってた。テンチョーの自慢の椅子を巻き添えに。
マグロー「大丈夫スかっ! 大丈夫スかっ!」
マグローが、『大丈夫』なことにムリヤリしようとするみたいに、ムリクリ腕を引っ張ってきた。
マグロー「大丈夫スかっ!」
それがウザい。
頭の後ろにジンジンがやってきた。
ジンジンを追いかけて、その中の方は熱くなる。
トビー「ざまあねえな」
……笑ってやがる!
ショーゴ「……っだと!!」
マグローの手を払い、ヤツのシャツをひっつかむ。
もうおさまらねえっ!!
トビーを締め上げた手がぐいっと戻される。その力に反発する。さらに、それに反抗するヤツの力。
マグロー「テンチョー! 止めてください!!」
テンチョー「好きなだけやってくれ。ただし、この店の外で」
トビー「おーし、出ようぜ」
マグロー「テンチョーッ!!」
テンチョー「シッシッ! 出ろ出ろ!」
マグロー「シンセイパイ止めて!」
シン「やらせとけばぁ」
マグロー「ダメッスよ、ダメッスよ!」
ショーゴ「マグロー、ウザい、どけよ」
マグロー「飛田センパイは! 足が、悪いから!」
トビー「マグロー!」
ショーゴ「!?」
−−え!? 何て言った?
マグロー「−−あ……!」
トビーが、しおれたみたいに全身の力を弱めた。
つられて、こっちも冷める。
トビー「……マグロー、おまえ、サイアク」
急に人が変わったように、無表情のトビーは去っていった。
ショーゴ「……?」
足が、悪い?
そう言ったよな?
マグロー「…………」
その言葉の意味を探ろうとすると、真っ赤な顔で泣きそうなマグローが目を逸らした。
が、すぐに顔を上げて出ていった。
トビーを追いかけて行ったのだろう。
どうして自分の言葉として言わずに「シンも言ってたぜ?」と他人のせいにするのだろうか。 こうした加賀正午の言い訳がましさは目に余る。
飛田扉が殴った後に追撃しなかったのは何故か。 おそらく、最大の理由は、足が悪いからだろう。 足技で攻撃しようとしれば、悪い方の足を狙われる危険性がある。 マウントポジションを取ろうとしても、屈む動作が素早く出来ないのでは、それが大きな隙になってしまう。 相手に先手を取られるとピンチに陥り、自分が先手を取っても追撃できない。 これでは、相手を何発か殴ることは出来ても、一度でも攻撃を食らえば則負けが確定する。 外見や態度から飛田扉は喧嘩が強いと誤解され易いが、自己の腕力のみに頼る喧嘩では飛田扉は圧倒的に弱いのである。 喧嘩が弱いにも関わらず、加賀正午のような日和見行動はとらない。 どんなに不利な状況でも、飛田扉は自分の主張を変えたりはしないのである。
深歩「カフェで、テンチョーの飲み物を飲んだ時。せっかくみんなで、楽しく盛り上がってたのに、あたしおかしなこと言って……しらけたよね?」
ショーゴ「そんなことないんじゃないかな」
深歩「……あたしっていっつもこうなんだ……みんなといっしょにできないの……お姉ちゃんの足も引っ張ってばかり……バイトだってできないし……」
ショーゴ「……そんなことないよ」
深歩「何でもできるお姉ちゃんのようにできないし……みんなと同じようにできないし……。…だから、いっつも迷惑ばかりかけちゃうんだ……」
このシーンでは、荷嶋深歩に飛田扉と共通する悩みがあることが分かる。 加賀正午が「それぞれ違った考え」を「尊重」し、飛田扉が以前に怒った理由をきちんと考えていれば、容易に予想できたことである。 にもかかわらず、加賀正午は、この時点でも、荷嶋深歩の悩みを全く理解しようとしていない。
深歩編
でも! どうしても、途切れることなく海まで続いている景色を、深歩ちゃんに見せてあげたい。
ショーゴ「トビー、あのさ……」
車に乗り込む時、小夜美さんと音緒ちゃんが離れた隙を狙って、ヤツに声を掛けた。
トビー「……なんだよ?」
ショーゴ「その……、海まで、嘉神川沿いを走ってくれないか……な?」
トビー「……」
ショーゴ「……できるだけでいいんだ」
トビー「……。それは、頼み事か?」
ショーゴ「あ……ああ。頼むよ?」
トビー「ふーーん」
ショーゴ「……り、理由は聞かないでくれ。いや、聞かれても言いたくない!」
トビー「ふーーん」
ショーゴ「引き受けてくれるか?」
トビー「……」
答えないまま、ヤツは運転席に乗り込んでしまった。 ショーゴ「……」
クソー!
なんだよ、あの態度は! 頭下げるの、すげえ抵抗あったのに! 恥を忍んで頼んだんだぞ!!
小夜美「ショーゴ君、ぼやぼやしないで早く乗ってよ?」
ショーゴ「あ、はい」
−−ん? この方角って……。
トビーの運転するこの車は、なぜか大通りには出ようとしなかった。
その後ろを、深歩ちゃんたちの車が付いて来てる。
小夜美「ちょっとー? トビー君とやら、いいかな?」
トビー「なに?」
小夜美「海に行くのよ? わかってるの、道!? これじゃ、嘉神川に出ちゃうじゃない? 真っ直ぐ海を目指しなさいよ」
トビー「うるせえな。海に行く道は、いくらでもあるんだよ」
ショーゴ「っ!!」
音緒「飛田さん……!」
小夜美「……どうして!? いいから、素直に近道行きなさいよ?」
トビー「……」
小夜美「ちょっと、聞いてるの? 戻りなさいよ?」
音緒「こ、小夜美さん……」
トビー「……」
小夜美「……んー? どういうこと? 何か理由でもあるの……?」
ショーゴ「……あ、あの」
まさか、トビー……ひょっとしたら、オレとの……
深歩「……飛田さんたちの車、嘉神川沿いを走ってくれたでしょ?」
音緒「うん。それが?」
深歩「……うん……もしかしたらだけど……」
シン「さっき車の中で深歩ちゃんに聞いたんだけど、それって、深歩ちゃんの願いをかなえてくれたんじゃないかなって。ね? 深歩ちゃん」
音緒「ああ! 深歩、嘉神川から海までの景色が、どんなふうに変化していくのか見てみたいって、言ったことあるもんね?」
何故、飛田扉は加賀正午の「頼み事」を聞いたのか。 状況から見て、荷嶋深歩は「深歩ちゃんの願い」を頻繁に口にしているものと思われる。 だから、飛田扉も「深歩ちゃんの願い」を知っていた可能性がある。 それでも、加賀正午の「頼み事」を尊重する気持ちが全くなければ、「深歩ちゃんの願い」との関連性に気付くこともなく却下していただろう。 つまり、加賀正午にない「それぞれ違った考え」を「尊重」する気が、飛田扉には少しはあるということである。
深歩「……お姉ちゃんたち……ちゃんと戻って来てくれるかなあ……」
ショーゴ「へ? 何言い出すの、深歩ちゃん? 戻ってくるに決まってるじゃん」
深歩「……だって…………みんなと、はぐれそうだよ……?」
ショーゴ「だからあ! ケータイがあるんだって! 大丈夫!!」
深歩「……んーん……そうじゃないの……そういうことじゃないの…………」
ショーゴ「深歩ちゃん、どうしたの?」
深歩「あたしのペースに合わせるのって、退屈じゃないかな?」
ショーゴ「……え……なに?」
深歩「あたしがいなかったらさ、ショーゴ君も、お姉ちゃんやシンさんと一緒に、ぱあっと走って行けたのにね?」
ショーゴ「え……」
深歩「……あたしは、いつもこんなふうに、はじっこでみんなが楽しそうに通り過ぎていくのを見てるだけだよ……そんな時、おかしなこと考えちゃう」
深歩「……もう、あたしみたいなお荷物かまうの嫌になって、みんな行っちゃった。このまま、ずーっと、独りで置いてかれちゃうんだな……って」
ショーゴ「お荷物なんて……そんなふうに思ってないよ?」
深歩「あたしは……みんなみたいに、ぱあって走って行くことできないから……なんでも、みんなと一緒にはできないから……」
深歩「…………自転車の後ろにだって……乗れないしね」
ショーゴ「−−あ」
深歩「…………あ……あたし……あたしだって、ショーゴ君の後ろに乗りたい」
ショーゴ「……深歩ちゃん」
深歩「……バイトだってしたい…………花屋さんで働いてみたいよ」
ショーゴ「……」
深歩「……でも」
深歩「−−でも絶対ムリなんだよ!!」
深歩「あたしなんか、みんなと同じに生きられないんだよ!!」
ショーゴ「そんなことないよ! 絶対ムリなんてことない、がんばればできるよ。花屋さんにかけあってみようよ!」
深歩「ーーそんなことしたよ!? 花屋さんなんかもう、何十軒もお願いしたよ!! それでも、だめなんだよっ! やらせてもらえないんだよっ!!!」
ショーゴ「………………」
深歩「…………がんばったよ」
深歩「みんなのようにはやれないから、人の倍がんばって、優秀なお姉ちゃんのようにやれないから、さらに3倍がんばって……もう、充分にがんばってきたよ?」
深歩「それでも、もっとがんばれっていうの!? もう、これ以上、どうがんばればいいの!? 何をがんばれば、みんなと一緒になれるっていうのっ!?」
ショーゴ「深歩ちゃん……!」
深歩「あたしに教えてっ? ショーゴ君」
ショーゴ「………………」
何て言ったらいいのだろう?
普段の明るい深歩ちゃんが、こんなことを考えて不安でいたなんで、ちっとも知らなかった。
深歩「………………」
ショーゴ「………………」
でも、そんな深歩ちゃんの悲しみを救ってあげる方法も、かける言葉さえも、今のオレには浮かばない。
深歩「………………」
ショーゴ「………………」
はがゆい。
いや……辛い。
深歩「…………ご……ごめんねっ」
深歩「あたしっておかしいんだ……すぐ、おかしなこと言っちゃうの……ごめんね、ショーゴ君っ……ショーゴ君を困らせようとしたんじゃないよ? 違うよっ?」
深歩「だから、嫌いにならないでね? ……あたしのことっ……あたしのこと、置いて行かないでね?」
全く飛田扉が指摘した通りである。 そして、加賀正午には以前にも荷嶋深歩の悩みと向き合う機会があった。 しかし、その機会を全く活かせず、荷嶋深歩の悩みと真剣に向き合おうとしないから、このようなことになる。
尚、「ショーゴ君の後ろに乗りたい」「嫌いにならないでね?」といった台詞からは、荷嶋深歩が加賀正午に好意を持っていることが読み取れる。 この時点で、加賀正午が荷嶋深歩に自分の好意を伝えていれば、少なくとも、加賀正午に嫌われるかも知れないという不安だけは取り除けたはずである。
さっそく次の日、深歩ちゃんのバイト先を探してみた。
花屋のおっさん「ええ。ちょうど男手が欲しいんですよ。うちの息子どもは当てにならないからねえ」
花屋のおっさんが、こっちを見ながら満足そうな表情をした。
ショーゴ「あ、いや、その、ちょっと、事情が込み入ってまして……」
深歩ちゃんの事情をていねいに説明した。
花屋のおっさん「だめだね」
事情を聞かされた相手は、その態度を急に変えた。
花屋のおっさん「あのね? そのコね、前にもウチに来たんだよね。ちゃんと断ったはずだよ?」
ショーゴ「そうですか」
ああ、がっくり。
そんなにあっさり断らなくてもいいじゃんかよー。断るにしても、もう少し考えて欲しかったよな。
違う店を当たろうと振り返ると、今、最も会いたくない相手が、そこに立ってこっちを見ていた。
ショーゴ「トビー……!」
トビー「ふーーん」
ショーゴ「なんだよ?」
トビー「なんでもねえよ」
トビーは、にやりと笑って去っていった。
女の人A「ごめんなさいね? 悪いけど」
また、断られてしまった。
確かに花屋は多数ある。だけど、どういうわけか、力を貸してくれる親切な人に出会わない。
どうしてなんだろう。
どうして深歩ちゃんに、バイトをさせてくれる花屋がないんだ?
もうすでに、いちにいさん……しーごー……5軒か。
5軒も頼んで廻ってるんだぞ?
もうそろそろ、受け入れてくれる優しい人が現れたっていい頃じゃないか?
あとは、どこかなあ……どこに花屋ってあったっけ? 頭の中に千羽谷の地図を浮かべた。
向こう側の商店街のはずれは?
あ、そこまで行く前に、あの辺の通りでみたことあるかも。行ってみるか。
女の人B「ちょっと無理ね。花屋の仕事ってたいへんよ? 普通の人でもたいへんなのに……」
またまた、断られてしまった。
女の人A「そんな優雅なものじゃないの。表からは美しく見えるけど、裏では汚れ仕事や力仕事がいっぱいなの」
いっこうに収穫は無い。
こうなったら、徹底的にやるぞ!!
千羽谷にあるすべての花屋を当たってやる!!
必ず、深歩ちゃんにバイトをさせてくれる店を見つける!
女の人A「ちょっとうちでは困るわ。他に訊いてみて」
女の人B「無理ですね。他の店でも、同じ答えが返ってくるんじゃあないですか?」
女の人A「えー……ごめんなさい。その相談にはのれないわね。そんな、お願いされても困るなあ」
女の人B「一生懸命なあなたの気持ちはわかるような気もするけど……うーん…………やっぱり、だめね」
女の人A「いくら君が頭を下げたところで、どうしようもないのよね。こちらとしては」
ダメか……。
ダメなのか。
まるでダメだった。
誰も相手にしてくれなかった。
今日当たってみた店のいくつかに、やはり最初の店で言われたのと同じことを言われた。たいていの店は、すでに深歩ちゃんが自分でお願いしたらしい。
もしかしたら深歩ちゃん自身が、とっくに千羽谷のすべての花屋に、交渉済みなのかもしれない……。
もし、そうだとしても、他に何ができるんだ?
わからない。
??「そんなに深歩のことが、かまいたいのか?」
ショーゴ「……」
振り返るとヤツがいた。
トビー「ふーーん」
いつもの調子で、値踏みするような目でこっちをみる。
ヤな感じ。
ショーゴ「トビー、おまえにはわからないよ。深歩ちゃんの気持ち」
トビー「けっ」
ショーゴ「ほら、おまえいつも、そんなふうに一人で、突っ張ってられるじゃんか」
ショーゴ「だから、わからないんだよ、深歩ちゃんの気持ちが…………深歩ちゃん、孤独で辛いんだよ」
トビー「孤独? 孤独ねえ……おまえ、気取った言い方が好きなんだな! バッカじゃねえのか? そんなの、ただの一人のことだろ?」
ショーゴ「っ!」
ムカッ!! なんでこんなヤツと深歩ちゃんは!!
一歩踏み込んだ。
飛田センパイは! 足が、悪いから!
ショーゴ「……」
けどすぐ、握った手を隠した。
トビー「……なんだよ?」
ショーゴ「……」
トビーの目の色が変わったのに気づいた。
トビー「……いま、殴りてえって思ったんだろっ? なんで止めたんだよ?」
ショーゴ「…………」
わからない。なんて答えればいいのか。
トビー「オレが劣っているからか? おまえより、弱いからか?」
ショーゴ「…………」
わからない。
トビー「そう思ったんだろ、今? おまえ、マグローが言ったことを気にして、オレに情けをかけやがったな!」
ショーゴ「…………」
わからない。
トビー「おまえなんかがよけいな世話を焼かねえでも、こっちは充分に自分のことをわかってんだよ!」
ショーゴ「…………」
トビー「あ?」
ショーゴ「…………」
トビー「いつものように、来いよ?」
ショーゴ「…………」
トビー「おまえ……自分の武力を知らずに戦闘に行くヤツがいると思うか?」
ショーゴ「え?」
武力?! 戦闘?!
トビーが、腰の辺りからゆっくり上げた手を、胸の前で返す仕草をした。
金属のこすれる音……!?
夕日が反射して、トビーの手の中の物が光った。
バタフライナイフ!!
ショーゴ「……え」
マジかよ? こういう展開はやべえよ!! 頭の後ろがキュッと縮まる。どうする!?
−−次の瞬間、見たことのないものを見た。
トビーは、着ている物を引き裂いて、自分の足をあらわにした。
ただし、それは本物じゃない。
初めて見た。義足だ。
トビー「自分が……何者かもわからないヤツは、どこにも行けねえ!」
そのまま、トビーは駆け出して行って−−
とんだ。
ショーゴ「……!!」
砂場の鉄棒を跳び越し、体ごと着地。軽々と、というわけじゃなかったけど……
ショーゴ「すげえ! トビー、おまえってすげえよ!!」
気がついたら、ヤツに駆け寄って右手を差し出していた。ヤツは砂まみれだった。
ヤツはその手を取らず、勝手に立ち上がり、顎を出すようにして首を左側に伸ばす。
トビー「おまえよりはな?」
ほんっとにコイツって、かわいくねえよな。
ショーゴ「……」
−−よおし!
いったんひきかえして、距離をとった。
見てろ? −−見ろよ!?
−−−−見せつけてやるっ!!
走る!
跳ぶ!!
踏み込みながら、イメージ通りに動かない体を知って、ずいぶん長くこんなことしてなかったことに気が付いたけど…………
……もう遅い。
けっこう無様なフォームだったかもしれない。
大量の砂を全身で叩いて転がっていた。
でも跳べた。
トビーが跳んだそれの隣り、もっと高いのを、だ!
トビー「ふーーん」
どんな顔をしてる?
トビー「……フ」
見ると、いつもの冷めたヤツだった。
ショーゴ「……」
おもしろくない。
立ち上がって砂を払った。
オレの方が、より高いのを跳んだんだ。
なんとも感じてないってことはないだろ?
トビー「……おまえもやるな?」
あ。
ふっ、と胸に熱い−−昼間の日差しより、ずっと熱い−−モノが降りてきた気がして、それって何だろうとトビーを見る。
だが、もうヤツの背中が離れて行くところだった。
行ってしまった…………。
…………。
そっか…………。
そうなのかな…………。
トビーと深歩ちゃんの接点が何なのか、やっと少しわかったような気がしてきた。
たぶん……
店が開き始める時間と共に、深歩ちゃんの花屋さん探しをスタートした。
が、今日もいまだ、見つけられない。
何だか、空しいよな……
徒労に次ぐ、徒労……。
で、身も心もトロトロって感じ?
はあ。
ギャグもさえ渡っている……………………。
空しい。
疲れた。喉、乾いたし、腹、減ってるし。
あっ、腹が減っている!
昨日は、昼飯忘れたからな。
カフェでちょっと休もう。
もし、このまま何の成果も出せなかったら、ますます深歩ちゃん、傷ついちゃうよね。
カフェで飯を食って、すぐまた開始したが、深歩ちゃんの花屋さんはぜんぜん見つからない。
ダメなのか……?
無理なことしてるかな?
悪あがきなのかな?
どうすりゃいいのかな?
−−トビーなら。
トビーなら、どうするだろう?
トビーだって、色々と不自由な目に遭ってきただろう。
こういう問題に、答えを持ってるかもしれない。
商店街公園に行くと、すぐその目的の姿が見えた。
しかし戸惑う。声がかけられない。
トビーが跳ぼうと励んでいるから。
必死だ。まったくこっちに気づいていない。
昨日、オレが跳んで見せた高い方の鉄棒を、跳ぼうとしているんだ。
あのトビーが、あのプライドの高いトビーが、賢明に何度もトライしては失敗を繰り返してる。がんばっているんだ。
−−−−−−−−。
−−がんばってみよう。
オレも、もう一度がんばろう。
もっと、もっと、がんばってみよう!
きっと、トビーは跳ぶだろう。きっと−−!
よし、このままそっと帰ろう。
たぶん、トビーは自分が必死にやってるところなんて、オレに知られたくないだろうからな。
うっ! ケータイ!
トビー「ん!」
ショーゴ「……や、やあ、トビー!」
トビー「…………。おまえのケータイが鳴ってるぞ?」
ショーゴ「そ、そのようだねえ……」
2,3ページ破って、マグローに渡した。
テンチョー「ショーゴ! ヒトんちのもんを破くなよ」
ショーゴ「花屋に電話かけろ。深歩ちゃんのバイト先を捜すんだ」
マグロー「花屋? なんででスか!? 花屋だったら……」
テンチョー「マグロー!」
マグロー「……テンチョーの実家、花屋っスよ? ほら『田園』」
テンチョー「いうなよ〜!」
ショーゴ「え? ……マジで?」
マグロー「マジっス」
シン「へえ〜! 知らなかったな〜」
テンチョー「だはは!」
テンチョーは、ばつが悪そうにしてる。いや、開き直ってる。
ショーゴ「きたねー! なんで、黙ってんだよ!」
テンチョー「はっきり言って迷惑だから」
ショーゴ「へ?」
一瞬、何聞いたのか、わかんなかった。
口調は柔らかいのに、内容はキツイ。
ショーゴ「つめてーよ、思いやりねえよ。やらせてやってよ、深歩ちゃんにバイト」
テンチョー「こっちが我慢して使ってやるのが、思いやりなわけ? それで、深歩ちゃんが楽しく働ける?」
ショーゴ「……いいよ。オレ、直接、自分で頼むから」
テンチョーパパ「また来たの、君?」
ショーゴ「はあ。あ、あの、オレ、息子さんの知り合いで……」
テンチョーのオヤジさん−−たぶん−−がこっちを見て、ちょっと嫌そうにした。
テンチョーパパ「息子? どの?」
ショーゴ「カフェを経営している」
テンチョーパパ「どっちの?」
ショーゴ「え? だから、カフェ」
テンチョーパパ「どっちのカフェ?」
ショーゴ「どっち?」
ショーゴ「テンチョーッ!! キサマの名前を教えやがれっ!! ……じゃない、教えてください!!」
テンチョー「やだ」
シン「田中一太郎」
テンチョー「言ったなシンッ!」
シン「だははははっ」
ショーゴ「……シン、サンキュー」
テンチョーパパ「また来たの、君?」
ショーゴ「田中さん!! 実はボク、あなたの息子、一太郎さんの友達なんですっ!! そこで、お願いなんですが……!!」
結果は変わらなかった。
とぼとぼと帰り道を行く。
あのね、こっちが不満を殺して雇ってもさ、
そんなのお互い気分悪いだけでしょ?
だったら、はっきり嫌だって、言った方がいいでしょ。
それが、テンチョーのオヤジさんのとどめの言葉だった。やっぱり、親子だな……
無意識のうちに、また商店街公園に来てしまった。トビーは? いるか?
−−いる!
こっちに気づいた。
相変わらず、跳ぶ練習を繰り返していた様子だ。
ちょっと気まずいな。
ショーゴ「……トビー、ういーす」
トビー「……お、おー」
ショーゴ「…………」
トビー「…………」
ショーゴ「…………跳べた?」
トビー「さてね?」
ショーゴ「…………」
……跳べなかったんだ。
オレも、無理かな……。
トビー「『いま』は、な?」
ショーゴ「え?」
トビー「……『もう』かもしれねえ。けど……『まだ』かもしれない」
トビーは、ポケットから何かを取り出した。
差し出されて、それが何かすぐにわかった。
ぼくは、さいた。
いっこのさいた。
ねっこをのばして地球とつながる、
ひらいたばかりのさいた。
もう、どこにもいけない。
いま、どこにもいけない。
まだ、どこにもいけない。
うん。今日はまだ、あったよ? だから幸せ。
もし、もう、明日なくなってても、
それも幸せ。でしょ?
ショーゴ「…………」
深歩ちゃんの気持ちが染みてくる。
負けた気がした。いろんな意味で。
ショーゴ「オレなんかより、トビー、おまえの方が……」
トビー「なんだよ?」
トビーが嫌な顔をして、暑中見舞いのハガキをひったくった。
ショーゴ「……深歩ちゃんには」
トビー「相応しい?」
ショーゴ「い、いや……深歩ちゃんのことをわかってあげられるから」
トビー「バカか? ほんっと、おまえって気に入らねえ」
ショーゴ「……」
トビー「んなこと、おまえが決めるなよ」
加賀正午のこの一連の行動は軽率すぎる。 ちょっと想像力を働かせれば、車椅子の少女を雇ってもらえない理由は直ぐに分かるだろう。 それに対して何の対策もなしに当たって砕けるだけでは、失敗するのは目に見えている。 そして、失敗すれば荷嶋深歩を余計に傷つけることは容易に予想できる。 「このまま何の成果も出せなかったら、ますます深歩ちゃん、傷ついちゃうよね」とは、最初に気付くべきことである。 加賀正午は、荷嶋深歩の悩みに真剣に向き合っておらず、非常に軽く考えているのである。 だから、何件か当たれば雇ってくれる所もあるだろうと甘い予想をしているのである。 たった「5軒」で「もうそろそろ、受け入れてくれる優しい人が現れたっていい頃」なんて言えるのは、何も理解しようとしていないからである。
真剣に考えるなら、選択肢は次のような物しかない。
- 金持ちが道楽でやってる花屋
- 自分で花屋を開業する
- インターネット上の販売店
1番目は、あったとしても、見つけることが非常に困難だろう。 2番目は、親の仕送りで食いつないでいる大学生には不可能である。 現実的な落とし所としては、3番目くらいしかない。 残念ながら、この物語ではインターネット上の販売店は完全スルーである。
飛田扉は、加賀正午の試みが失敗すること及びそれによって荷嶋深歩を余計に傷つけることは理解していたはずである。 それなのに、どうして、今回は「深歩がそうしてくれって頼んだのか?」と食って掛からずに黙認したのか。 それは、何も知らない加賀正午が身体障害者を取り巻く状況を理解するためには必要な過程であると思ったからだろう。 そして、苦労して学ぶならば、その学習の道程は尊重すべきことである。
飛田扉と荷嶋深歩の正確には違いがあるが、両者の悩みの根本は同じである。 それは、これまでの飛田扉や荷嶋深歩の言動をちゃんと見ていれば理解できることである。 飛田扉と荷嶋深歩が同じ障害に苦しんでいることは既に分かっていることである。 それなのに、「おまえにはわからないよ。深歩ちゃんの気持ち」という加賀正午こそが「深歩ちゃんの気持ち」を全く分かっていない、いや、分かろうとしていないのだ。
身体障害者相手に健常者が本気で張り合うなど、一般論で言えば大人げない。 しかし、それこそが飛田扉が求めていることなのだ。 身体障害者だからこそ健常者と対等に扱ってもらえることが嬉しいのである。 だから、飛田扉は「おまえもやるな?」と加賀正午を認めたのだ。
深歩「……ショーゴ君も、お姉ちゃんと一緒だよ。何でも応えようとするんだ。あたしには、何でも応えようとする」
ショーゴ「…………」
深歩「自分の嫌なことだって、あたしが相手だと無理するでしょ? 本当の気持ちを隠して、嘘ついて、笑って……」
深歩「……そうやって、どんどんあたしはみんなのお荷物になっていくんだ」
以下同文。
トビー「深歩、マジにとるな。いつだってこいつは、希望的観測だから」
ショーゴ「本当はさ、正直言って、最初ピンとこなかったんだ。でもさ、トビーがすごく大切にコレ持ってて。なあ?」
同意を求めると、トビーは後ろを向いた。
深歩「ありがとう」
トビー「べつに、すごくじゃねえよ」
ショーゴ「それでその時、なんていうか……んーーー……まあ、いろいろと伝わってきたんだ……そう、空から降ってくる奇跡みたいに!」
トビー「深歩にへんな期待を抱かせるなよ!」
ショーゴ「いいじゃんか、期待したって。トビーだって、義足があるから鉄棒を跳べたんだし、義足の力だけで跳べたわけじゃないだろ!」
ショーゴ「まだ、科学でわからないことだってたくさんあるんだし、人間だってこれから、どこまで進歩するか、誰にもわからないんだ!」
ショーゴ「オレは希望を信じるよ」
トビー「ふーーん」
トビーは、お決まりの顔を作り、再び背中を向けた。
トビー「まあ、ショーゴのすきにしな」
ショーゴ「……」
あれ?
今、初めてトビーに名前を呼ばれたような気がする。
深歩「ごめんね? 飛田さん、ショーゴ君のこと嫌いなわけじゃないよ」
離れていくトビーの耳に届かないよう、深歩ちゃんは小声を出した。
深歩「本当はね、すごく好きだと思うよ?」
ショーゴ「ふーーん」
ちょっと、トビーのマネをしてみた。
深歩「きゃははははは……♪」
加賀正午の自己欺瞞が嘘のようになくなっている。 これまでは荷嶋深歩の言っていることが分からないのに適当に話を合わせていただけだった。 しかし、このシーンの加賀正午は、ちゃんと自分の思ったことを口にしている。 だからこそ「ショーゴのすきにしな」と言われたのだ。
依存と独立編
ショーゴ「……。……あの……さぁ、トビーどうしてる?」
環「…………わかんない。どっか行っちゃったよ」
ショーゴ「いつ戻るの?」
環「…………わかんない」
ショーゴ「たまちゃん、今、トビーの家で一人で留守番してるの?」
環「…………んんん。入れないよ」
ショーゴ「入れない!? じゃあ、どこで寝たりしてるの?」
環「…………道とか橋の下とか」
これは、百瀬環自身が選択した結果であり、自分で解決しなければならない問題である。
響「え??? 来ちゃダメだったの?」
ショーゴ「……じゃ、じゃあ散歩に出ようか?」
とか、口では響とフツーに会話を続けながら、体はたまちゃんの荷物を隠そうと不自然な動きをしてた。
「たまちゃんの荷物を隠そう」としたのは、児玉響と付き合っている認識があったからだろう。
環編
要するに、マグローは、たまちゃんのことがすげえ好きだってことだろ?
いいじゃないか、勝手に盛り上がれば。
わけわかんねーよ、マグロー。
そうだよ。
マグローがたまちゃんを守ってやればいいよ。
きっと、マグローの純真さにたまちゃんだってそのうち打たれるはずだ。
ショーゴ「………しょうがない、たまちゃん、オレの部屋に」
マグロー「だめっス!!」
加賀正午の言動は自己矛盾している。 「マグローがたまちゃんを守ってやればいい」と本気で思ってるなら、どうして、力丸真紅郎の前で「たまちゃん、オレの部屋に」などと平気で言えるのか。 加賀正午の言動は、力丸真紅郎に対しても、児玉響に対しても、裏切り行為である。
ショーゴ「誰のせいでこんなことになってるのか、わかってるか、マグロー?」
マグロー「…………」
ショーゴ「バカかよ! もともとは、トビーがこの問題の元凶なんだぞ!!」
マグロー「飛田センパイを悪く言うな」
ショーゴ「いや、もう言わせてもらう! たまちゃんには悪いけど……」
ちらりとたまちゃんを見ると心配そうな顔だった。
マグロー「言うな!」
ショーゴ「……たまちゃんをそそのかしたのは、トビーだ」
『呪いの首飾り』の件は伏せよう。
マグロー「そそのかしたとかじゃないっス。アドバイスっス。ね? たまちゃん」
環「…………ん……わかんない」
ショーゴ「自分の露店の仕事をたまちゃんに押しつけて、こき使った。あげく、ほったらかしで行方をくらました」
マグロー「……」
ショーゴ「勝手だ、勝手すぎる! むちゃくちゃ無責任な野郎だ! オレは、もう頭にきてんだよ!」
マグロー「……」
ショーゴ「なのに、なんで、マグローはあんな、いいかげんな野郎にそこまで義理立てするんだよ? オレにはわからない!」
マグロー「……ショーゴセンパイにはわからない」
ショーゴ「ああ、わからねえよ。わからないって言ってるだろ?」
マグロー「……飛田センパイは、すごく純粋な男なんっス」
ショーゴ「はあ? じゅんすいぃ? おまえ、純粋の意味わかってんのか? オレはトビーの話をしてるんだぞ? あの、ひねくれ者のことだぞ!?」
マグロー「……確かに、確かに飛田センパイは、あまのじゃくなところがあるっス」
ショーゴ「身勝手で、冷たくて、皮肉屋で、ずるがしこくて、むちゃくちゃに暗くて、協調性がまるでなくて、おまけにキレやすくて。……どこがいーわけ!?」
マグロー「マイペースで、冷静で、シャイで、知的で、闇と孤独を愛する、熱い男っス! 少なくても、少なくても!! ショーゴセンパイみたいな……」
ショーゴ「何だよ?」
マグロー「ショーゴセンパイみたいな卑怯者じゃない」
ショーゴ「卑怯? 何が?」
マグロー「ショーゴセンパイみたいに、自分で自分の気持ちをだまくらかすみたいなことはしない! 飛田センパイは自分の思うように生きてる!」
ショーゴ「わがままなだけだろ?」
マグロー「自分の気持ちにすげえ真っ直ぐな男なだけっス!」
ショーゴ「どうして、そんなことが言えんだよ? おまえは、トビーの気持ちがわかるのかよ? そして、オレの気持ちもオレ以上にわかってるみたいな口振りだな?」
マグロー「わかる」
ショーゴ「……はあ?」
マグロー「男っスから!」
ショーゴ「…………」
ダメだ。マグローと議論してもラチが明かない。
別の手を考えた方がいいかも……
確かに、飛田扉の家を利用できなくなったのは、飛田扉のせいである。 しかし、飛田扉には百瀬環に住居を提供すべき義務も責任もない。 寝場所が必要になったのは、百瀬環が家出をしたからである。 そして、家出は百瀬環自身が選択した結果である。 だから、寝場所は百瀬環自身で見つけるべきなのである。 よって、「トビーがこの問題の元凶」なんて八つ当たり以外の何物でもない。
「こき使った」も事実を全く見ていない。 百瀬環を手伝わせれば手伝わせるほど赤字が拡大することは見て明らかである。
「ショーゴセンパイみたいな卑怯者」は正しくその通りである。 加賀正午の本心は、百瀬環を他の男の保護化に置きたくないだけなのだ。 その言い訳として飛田扉を利用しているだけだ。 加賀正午の人生は恋も喧嘩も学業も言い訳だらけである。
響「たまに初めて会った時。ショーゴ、アタシに指輪、すすめてくれて。似合うよ? って」
ショーゴ「ん?」
響「『恋人かメロンの厄日』」
ショーゴ「ああ、あれか」
響「アタシ、アタシのためだと思って、チョー浮かれちゃったりしてさあ………。違ったんだね。あれ………たまのためだったんだ?」
ショーゴ「………え? あ、あれは………」
なんだか、これも変な話題になりそうだ。たまちゃんとマグローがこっちを見てる。
二人から離れて、表通りに出よう。
ショーゴ「………本当に似合うって思ったから」
マグローに聞かれないように声をひそめた。
共通ルートによれば、「たまのため」は間違いない事実である。 児玉響が百瀬環から『願いを叶えるペンダント』を取り上げることを阻止しようとして、児玉響の気をそらすために指輪を買ってあげたのである。 加賀正午は、気持ちが百瀬環に流れているにもかかわらず、この期に及んでその事実を隠そうとしている。
マグロー「ショーゴセンパイの飛田センパイとの決定的な違いは、わからなければ許されると思っていることっス」
ショーゴ「! ……」
マグロー「……わからなければ、しょーがない。しょうーがないことだけど、飛田センパイは、刺されてもいい覚悟で生きてる」
マグロー「生きていれば誰かを傷つけるものっス。それは、しょーがないっス。誰も傷つけないで生きることなんて不可能だから」
マグロー「例え、自分が知らない間に傷つけた相手だろうと、突然現れた他人だろうと、理不尽な事故でも天災でも」
マグロー「いつどんな時でもいきなり刺されることがあるんだとわかって生きてる。そして、それをそういうものとして、受け入れる覚悟だ」
マグロー「……それが……それが、飛田センパイっス……」
この点、飛田扉は言い訳だらけの加賀正午とは全く違う。
だから、ヤな感じがしたんだ。
トビーをわかってやってくれって、いうのか?
んなこと、知らねーよ。
わからねえよ。
わかりたくねえよ。
わからなくなりたかねえよ!
誰を悪者にしたらいいのか、
わからなくなるのはまっぴらだ。
つまり、加賀正午は、誰かを悪者に仕立て上げたかっただけなのだ。 そのために都合が良かったから飛田扉を悪役に仕立てていただけなのだ。
ショーゴ「たまちゃんが、もし……もしも……いなくなっちゃったら……」
環「…………」
ショーゴ「…………クロとシロは、どうなるんだよ? な?」
環「…………」
マグロー「オ、オレはたまちゃんのためだったら、死ねるっス!!!」
突然、マグローが飛び込んできた。
うあっ☆ マグロー、単純な言葉で、物事を複雑にしないでくれよ。
ショーゴ「マグロー、死ぬとか言うなよ」
マグロー「オレ、マジっス。たまちゃんのために命張れるっス!」
ショーゴ「そーゆーことじゃないだろ?」
??「そういうことだろ?」
その声は、トビーだった。
ショーゴ「トビー、おまえ、どこにいたんだっ!?」
トビー「おまえらが言ってることを、簡単にまとめてやると、その犬っころを殺して、環も死ねってことだな?」
ショーゴ「トビー! おまえぇっ!!!」
トビー「誰かのためとか、何かのためとか、違うだろーよ! そんなの生きる理由にならねー!」
ショーゴ「このへりくつ野郎っ!」
響「ーーやめなよ! バカみたいっ!!!」
ショーゴ「そうだよ! どうして欲しいのかじゃなくて、たまちゃんがどうしたいのかだ!」
環「ん」
環「…………ん……………………んん!」
そして、オレも−−オレはどうしたいのか?
それは人がどうの、とは、まるで関係がないこと。まず、オレ自身がどうしたいか?
トビーとマグローを見渡した。
ショーゴ「−−オレは、たまちゃんのことを……」
「誰かのためとか、何かのためとか、違うだろーよ!」とは、まったくその通りである。 確かに、「クロとシロは、どうなるんだよ?」では「その犬っころを殺して、環も死ね」と大差ない。 この飛田扉の台詞があるからこそ、加賀正午は「たまちゃんがどうしたいのか」「オレ自身がどうしたいか?」が重要だと気付けたのである。
環「天国の電話番号だよ……えへ……ひださんがお金くれた、バイト代だって」
ショーゴ「ケータイ、買ったんだ?」
環「んん」
どう見ても赤字のはずなのに携帯電話が買えるバイト代をくれてやるなんて人が良過ぎ。
沙子編
ショーゴ「人を殺そうなんて、そんなこと考えたことあるか!?」
そんなはずはない。
マグロー「え……。ショーゴセンパイ…………」
ショーゴ「どうだ? どうなんだよ? マグロー、おまえは?!」
そんなはずはないんだ。
マグロー「…………。…………ありますよ」
ショーゴ「……え」
マグロー「…………」
ショーゴ「え?」
マグロー「あります」
ショーゴ「……」
マグロー「でも、できなかった。悔しかった。絶対許さないと思った。許せるはずがないと思った。許したらいけないと思った。それは負けだと思った。」
ショーゴ「……」
マグロー「あの時の気持ちを思い出せば、いまだにすげえ嫌な気持ちでいっぱいになる」
マグロー「忘れない。絶対忘れたらいけない! そう誓ったんだ!」
ショーゴ「…………」
マグロー「…………」
ショーゴ「…………」
マグロー「………でも」
ショーゴ「……」
マグロー「でも、わからない」
ショーゴ「……」
マグロー「あの人を許したつもりはない。違うんだ。許してない。でも、違うんだ。わからない」
ショーゴ「…………」
マグロー「……わからない」
ショーゴ「……」
マグロー「……でも、あの頃のオレの中で確かに変わったことは、誰かを悪いと決めつけなくても、ムリヤリそう信じようとしなくても生きてる」
ショーゴ「……」
マグロー「生きられるようになった。いつの間にか変な荷物を下ろしたみたいなさっぱりとした気持ちになって」
マグロー「…………不思議です。人は変われるんですね」
カナタ編から推測すると、力丸真紅郎が殺したいと思った相手は、自分の親を事故死させた飛田扉である。 力丸真紅郎は飛田扉を許していない。 にもかかわらず、「すごく純粋な男」「自分の気持ちにすげえ真っ直ぐな男」「ショーゴセンパイみたいな卑怯者じゃない」と擁護し、男と男の約束も守っている。 つまり、飛田扉は、力丸真紅郎にそこまで認められているということである。
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