12RIVENウンチク
絶対静止時間
これは言うまでもなく作者の創作であり、現実にはない理論である。
マイナ「今から10年ほど前、アメリカの宇宙物理学者ベンジャミン・ウェストランドという人が、こんな仮説を発表しました。」
今、世界の時間は止まりつつある。
ところで、このまま世界が減速を続けていくとするなら、やがて『速度=0』となる瞬間が訪れるのは自明であろう。
我々研究室のチームは、これがいつのことになるのかを計算してみた。
すると驚くべき結果が得られた。それは遠い未来のことではなかったのだ。
『2012年12月23日』
我々の計算が正しければ、この日、世界の時間は完全に停止することになる。
我々はこれを『絶対静止時間』と名付け、現在、原因を解明すべく研究を進めている。
時間の進行が遅くなれば自分の思考も遅くなるので感覚的な時間は変わらないのではないかとか、元々の時間の定義が相対的(昔は地球の自転周期が基準、現在はセシウム原子時計が基準)であるとか、どうやって過去と現在の速度差を比較したのかとか、比較できたとしても観測値から『絶対静止時間』を正確に求めることは可能か、等、ツッコミ所が多すぎる創作理論である。
シュレーディンガーの猫
この話に出てくる「シュレディンガーの猫」は、実際のシュレーディンガーの猫とは全く違っている。
マイナ「そう、シュレディンガーの猫っていうのは、現実が絶対法則でないという理論」
マイナ「つまり、箱の中に猫がいて、箱を閉じた状態では、中がどうなっているか分からないけれども・・・」
マイナ「観測者が行った未来の行動・・・つまり、箱を開けるという行動が、猫の生死を決めるとしたら・・・」
マイナ「開ける以前の状態では、猫は死んでいるとも生きているとも知れないの」
これでは、量子力学とは無関係な一般的確率現象でしかない。シュレーディンガーの猫は、一般的確率現象を論じているのではなく、量子1個の状態変化を猫の生死に反映させた場合にどうなるかを論じているのである。だから、猫の生死を量子力学的現象でコントロールしなければならない。しかし、ここで述べられた話では、量子力学的現象が全く出て来ない。話の核心部分が無くなっているのでは、本来の話とは全く別物になっている。
錬丸「つまり原理的に結果の重ね合わせが起こっているっていう・・・あっ、そうか」
マイナ「原因と結果は逆転する事がある・・・」
量子力学の世界では、因果律が成立する(=隠れた変数理論)とする側と破綻するとする側(正確に言えば、因果律に固執しないと言った方が正しい)の議論があるが、因果律が反転すると主張する者はいない。因果律が破綻すると言われても俄には信じ難いが、量子力学という特殊な世界では、我々の日常的常識が当てはまらなくても差し支えはない。ここで、シュレーディンガーの猫を用いれば、量子1個の状態変化を日常的現象に反映させることができるようになるはずである。これでは、もし、量子力学の世界で因果律が破綻しているなら、日常的現象として因果律が破綻する現象が起きてしまう。
箱を開けたとき死んでから1時間経過した猫がいたとする。では、30分前の猫の生死はどうか。我々の常識から考えると、30分前の猫も死んでいるはずである。しかし、量子力学では、30分前の猫の生死は確定していないかも知れないという話が出てくる。死んでから1時間経過した猫が確定した時点で1時間前の過去に遡って状態が確定するという話は、日常的常識にとらわれた素人の創作に過ぎない。量子力学で言われていることは、因果律の反転ではなく破綻なのである。現在の猫は死後1時間経過しているのに、30分前の猫の生死は確定していないという、過去と現在の不整合が量子力学の世界では起き得るということである。これが、所謂、波動関数の収縮と呼ばれる現象である。
この問題については現在でもハッキリとした結論は出ていない。今のところ、次のような仮説があるようだ。
- 量子力学での因果律破綻は日常的現象に持ち込めないとする量子デコヒーレンス理論
- 量子力学でも因果律は破綻してないとする非局所的隠れた変数理論*1
- 日常的現象で因果律が破綻すると何が問題なの?
- 良く分からんが、きっと何か解決策があるはずだ
とりあえず、作者がシュレーディンガーの猫を誤解しているという事実だけを押さえておけば良い。
先進波
「先進波」は実在する用語であるが、この物語の「先進波」は全く別物である。
錬丸「理論上は『先進波』なんてものがあるらしいけどな」
マイナ「先進波?」
錬丸「一カ所から出た音を、周囲に置いた数多くのマイクで拾って録音して−」
錬丸「それを逆回しの信号に変えてそれぞれの録音した位置から今度はスピーカーで流すと、その音が音源に吸い寄せられるように集まっていく−」
錬丸「って現象なんだけど・・・」
先進波とは、マクスウェルの電磁方程式によって導かれる電磁波の運動を示す式において、通常の電磁波とは逆方向の成分のことである。逆進成分が現実的に持つ可能性は次のとおり。
- 数式上の虚像
- 時間を逆行する波
- 進行方向が逆向きの波
このうち、進行方向が逆向きの波が一番あり得ない。何故なら、電磁波の発生源に向かって進むのならば、その電磁波は何処から発生したのか謎が生じる。たとえば、無指向性アンテナから電波を発射するとする。この場合、このアンテナに向かって、無限遠の全方向から電波が集まって来ることになる。宇宙の全方向が発射源となるのでは、危ない意味で「電波」であろう。いくら何でも、こんなことはあり得ない。空間を進行する途中で反射波が発生する可能性もあるが、これは媒質が不均質な場合に限られる。均質な媒質中でも逆進成分が生じるなら、進行方向が逆向きと考えるのは無理がある。
時間を逆行する波は、一般常識的には考えにくいが、物理法則的には問題がない。何故なら、一部を除いて、ほとんどの物理法則は時間に対して可逆性を持っているである。熱力学第二法則等の一部例外を除けば、ほとんどの物理法則は、正時間でも逆時間でも全く同じ法則が成り立っている。それ故、時間を逆行する波が存在したとしても、物理学的には何ら不思議なことではない。よって、進行方向が逆向きの波よりかは受け入れられやすい。
一番理性的な答えは、数式上の虚像である。先進波に相当する成分は観測されていないし、この手の数式上の虚像も特段珍しい物ではない。
物理法則の時間可逆性を述べたついでに、シュレーディンガーの猫の項目で述べた因果律についても言及しておく。物理法則が時間に対して可逆性を持っているならば、それは、因果律の反転が日常的に起こっていることを示している。というより、正確に言えば、そのような法則下では因果律の方向性など存在し得ない。
ここで、ある物体の運動について、ニュートン力学で運動方程式を立てることができるものとする。その場合、t=0のときの状態からt=1のときの状態を求めることができるし、その逆の計算も可能である。もし、因果に方向性があるならば、時間を遡った計算は出来ないはずである。しかし、実際には、時間を遡った状態計算が可能である。このことは、少なくとも、ニュートン力学においては、因果に方向性がないことを示している。これは、言い替えると、t=0のときの状態がt=1のときの状態を決めるのではなく、「t=0のときの状態が確定する」ことと「t=1のときの状態が確定する」ことと「t=2のときの状態が確定する」ことは全て等価な事象であることを示している。これらは、同じ物事を違う側面から観察しただけに過ぎないのである。
ただし、これは、因果律が成立している場合にのみ言えることである。量子力学では、因果律が破綻している可能性*2があるため、今述べたような話が成り立つとは限らない。因果律が破綻していることは、逆方向の因果律も成立しないことを示しており、それならば、因果律の反転も起こりえない。
準備電位
準備電位は実際に研究されており、ベンジャミン・リベットも実在の学者である。
マイナ「アメリカの神経生理学者にB・リベットという人がいます」
マイナ「彼はこんな実験を行いました」
マイナ「被験者に『自分の好きなときに指を曲げてください』と指示を出し、その時の脳波を測定したのです」
マイナ「すると、予想外の結果が・・・」
マイナ「被験者が『指を曲げよう』と思う0.5秒前に、脳に準備電位というものが現れたのです」
マイナ「つまり、被験者の内部に『よし、今この瞬間、指を曲げるぞ』−」
マイナ「という意識が生じるよりも0.5秒前から、脳は勝手に活動を始めていた、という事です」
ただし、ここに書かれていることは、実際の研究とはちょっと違う。詳細な実験内容によれば、「被験者が『指を曲げよう』と思う」タイミングは被験者の自己申告に頼っている。そして、準備電位発生から実際に指が動くまでが0.5秒であって、準備電位と自己申告タイムまでの時間差は0.35〜0.4秒である。
作者はこの研究を自由意志を否定するものとして捉えているが、その認識は正しくない。まず、自発的意志の発生と自己申告の時間差を全く考慮していない。また、マイナの説明どおりに人間の行動の99.9995%が「識域下」の働きによるとするならば、「識域下」と「自我」は一体として考えるべきであり、「自我」だけを自我意識や自由意志と見なすのは不自然だろう。
当のベンジャミン・リベット自身も、この実験結果を自由意志を否定する結果とは見なしていないようだ。詳細は、マインド・タイム 脳と意識の時間(著:ベンジャミン・リベット 、翻訳:下條 信輔) に書かれていると言う。
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